メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

わたしの根っこにある本

母方の祖父は、教師をしていた。田舎の小学校と中学校で、校長まで勤め、田舎ならではの慣習で、80歳になろうという今でも「先生」と呼ばれている。祖父はまさしく「教師」を地で行く人で、長期休みに田舎へ預けられたわたしと姉を、よその「おじいちゃん」のように甘やかしはしなかった。優しいけれど、とことん生真面目。夏休みのわたしたちは、毎朝ラジオ体操のために起こされた。お正月には、宿題に出てもいない「年頭所感」や書初めを書かされた(祖父は、習字と剣道を教えてもいた)。
無類の本好きである祖父は、若く貧しい時代にも、祖母に黙っては本を買い、学校の職員室に隠していたらしい。そして、自分の子どもたちにも良質の文学を与えようとした……のだろうが、まんまとその目論見は失敗する。祖父の生真面目すぎる教育への反抗心からか、わたしの母も叔父も、まったく本を読まない子どもに育ってしまった。「講談社少年少女文学全集」全50巻、本棚付。物置の二階で一度もページを開かれぬまま、20年以上も年月はたったのである。

で、歴史は繰り返し、「本嫌い」の母に育てられた姉とわたしは、立派な活字中毒者に育った。物心ついたころ、一番に手にとったのが件の文学全集だったりする。子供向けに簡略化されているものが多いとはいえ、この全集でいろいろな素敵な作品に出会った。まず「グリム童話」にはじまり、「小公子」「小公女」。「ドリトル先生シリーズ」にケストナーやポー、「雨月物語」や「八犬伝」まで。20年も放って置かれた本は湿気て黴臭かったけれど、確か、小学校を卒業するくらいまで、繰り返し繰り返し読んでいた。

60年代に流行した「文学全集」は、その後衰退の一途をたどり、当然この「講談社〜」もずいぶん昔に絶版になっている。祖父母の家以外でわたしがこの全集を目にしたのは、母校である大学の図書館だけだったりする。

ふと、今日、思い出してネット検索をしていたら、(なかなか画像が見つからなかったけれど)最終的に北村薫氏の蔵書の中に、ケストナーの巻を発見!懐かしい!というわけで、今度田舎に行ったら久々に物置を探ってみようと思ってみたり。

ちなみに、本に関して人生で一番古い記憶をたどると、そこには、せなけいこさんの「ねないこだれだ」が出てきます。子どもに読ませるにはあまりに救いのない絵本(当時怖くてたまらなかった)!でも大好き!

ねないこだれだ (いやだいやだの絵本 4)

ねないこだれだ (いやだいやだの絵本 4)