メトロガール

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スペシャリストの帽子|ケリー・リンク

スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)

スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)

先日京都で買った本。表題作はネビュラ賞受賞作。けれど、ファンタジー/SFの枠内だけで語ってしまうのはあまりに乱暴だし、もったいない。ちなみに解説は柴田元幸先生が書いているので(収録作品の訳は一本も手がけていないけど、最近のSFマガジンに柴田訳のケリー・リンク作品が掲載されたとのこと)、雰囲気は推して知るべし。諸々の柴田翻訳作品や村上春樹が好きな人は、多分楽しめると思う。

個人的にはデビュー作「黒犬の背に水」が一番ぐっときた。何の不自由もなく健やかに育って来た青年は、図書館で出会った少女と恋に落ちる。容易く体は許すのものの自分のことをほとんど話さない彼女が、はじめて彼を自宅に招待するのだが、そこで対面した彼女の両親は、少し変わっていた。失った鼻の代わりに、美しい義鼻をかわるがわるつけ「物ごとは良い面を見るべきだ」と語る楽観的な父親。一方片足のない母親は陰鬱で、二匹の黒い犬を従え彼に言う。「娘と寝てもいいけれど、妊娠させようものならこの犬をけしかけるわ」。その後、徐々に彼女の一家を包む「喪失」に見入られ、引き込まれていく主人公。一連のストーリーの流れは、美しくて不穏で甘酸っぱい。

死んでしまった男が、名前すら思い出せない妻に向けて手紙を書き続ける話も良かった。自分は昔犬だったと言い張る、「緑色のものしか口にしない」少女もよかった。どの短編にも、喪失と死の匂いがする。そして愛の話だ。

読んでいる最中から、この手触りは何かと似ていると思い続け、ようやく今日思い出した。岡崎京子ケリー・リンクが「雪の女王」を「雪の女王と旅して」へと読み替えた文法は、岡崎京子が「ヘンゼルとグレーテル」を「森の中」へと読み替えた文法と、ほとんど同じに見える。