メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ロマン|ウラジミール・ソローキン

ロマン〈1〉 (文学の冒険)

ロマン〈1〉 (文学の冒険)

ロマン〈2〉 (文学の冒険)

ロマン〈2〉 (文学の冒険)

検閲を受けてロシア国内でなかなか作品が出版されなかったり、猥褻流布で逮捕されたり、しかし日本では外大講師も務めNHKロシア語講座にも出演していた(という)、「現代ロシア最悪の作家」ソローキンの代表作。ずっと読みたくて、ようやく手をつけたら止まらなくなって、全2巻一気に。内容も文体も異常で、ものすごく、疲れた。

モスクワで弁護士をしていたエリート青年ロマンが、画家に転向を決意し、故郷に戻る。そこから物語の8割までは、ひたすら「美しいロシアの田園風景」が続く。個性的だが根は善人である村の人々との交流、かつての恋人との切ない別れから、森番の娘との運命的な出会い、表現力豊かな美しい描写が冗長に思えるほど延々と続くのだ。まずロマンが、エリートで美形でそのくせ農民や貧しいものにも偏見を持たない好青年で、彼が恋に落ちる相手も、不幸な生い立ちのもとけなげに生きる純朴な美少女。周囲の人間も、小さな諍いは起こすものの最終的には和気あいあいとやっている。(わたしはさっぱり露文に馴染みがないので、解説等の言葉を借りるならば)チェーホフツルゲーネフゴーゴリといった古典的な美しいロシア文学のパロディのような文体、ストーリーであるらしい。

しかし、当然、過去の名著をなぞっただけで話題になるはずはない。この小説の凄さは最後の2割で、すべてを壊し尽くすところにある。結婚式の晩、祝いの品として「木の鈴」と「斧」を貰ったところで、心理描写が一切途絶え、「僕はすべてを理解したんだ、行こう」という言葉だけを残し、ロマンは妻の手を引き、村の人々の頭を片っ端から斧で割る。しかもその死体の臓物を取り出したり首や性器を切り取ったりと、宗教儀式まがいの真似もする。

文体破壊というのか、むしろ、余計なものを削ぎ落としていると言えばいいのか、この2割部分の展開はストーリー以外の部分でももの凄い。「スプラッタ」小説という印象が薄いのは、グロテスクさを煽るような修飾語がなく、記号に近いところまで文体が解体されているからかもしれない。殺戮劇がはじまるところで、まず心理描写が消え、修飾語が消えどんどん一文が短くなる。この辺りから改行は一切ない(この文字でみっしり埋められた部分はなんと70ページも続く)「ロマンは○○を××した」と、目的語が違うだけの、同じ文章ばかりがどんどん繰り返されるようになる。最終的には目的語すら消え、「ロマンは○○した」の羅列が延々7ページも続く。最後の方は目は滑るし、文章に酔うし、わざわざ一文字ずつ追っていくような真似は、とてもではないけどできない。文章で酔うなんて、バロウズの金太郎飴以来。

この小説の「破壊」の構造については解説でとてもわかりやすくまとめられている。主人公の名前「ロマン」がロシア語で「長編小説」を指すこと。長編小説の破壊、ロシア古典小説の破壊、この小説の破壊、キャラクターの破壊、文体の破壊。とにかく壊して壊して壊し尽くす、ある意味で壮快な小説かもしれない。まともな小説部分では主に叔父の言動や行動に、豊かなユーモア性も発揮されている。最後、殺戮を終えてひとり遊び状態に入ったロマンの描写も、想像するとシュールすぎて笑えてくる。
倒錯描写も多いので、あまり人前で「読んだ」と声高には叫べない、そんな名作。