メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

夷狄を待ちながら|J.M.クッツェー

夷狄を待ちながら (集英社文庫)

夷狄を待ちながら (集英社文庫)

南アフリカの作家なのだけれど、本人は白色人種で、この作品は英語で書かれたもの。テーマ性や展開の部分で浅いだとかなんだとか、手厳しい批評を目にする機会が多かったため、なんとなく手を伸ばさないままでいたのだけれど、読みはじめたら一気に。進めるのが怖いと思いながらもどんどん先に進んでしまう。わたしにとっては単純に「面白い小説」だった。文章は読みやすいし、固有名詞がほとんど出てこないことから、馴染みのない地域の作品ではまず引っかかる「地名・人名の壁」もなかった。

権力の抱える恐怖と、それによって引き起こされる暴力というのが話の芯。手垢のついたモチーフではあるし、それぞれのキャラクターや話の展開についても確かに目新しさは感じない。けども、描き方としては、面白いんじゃないのかな。ひとつひとつをとってみれば、単純な二者の対立構造なのだけど、「帝国/夷狄」であったり「主人公/女」であったり、「主人公/帝国」であったり、幾つもの対立構造が重なり合って、それぞれが互いのメタファーになっている。読み手がどこにウェイトを置くかによって、政治性の強い小説とも、「私」の愛の話とも受け取れるような気がする。

感情の面からしかものごとを見られないのはわたしの欠点のひとつだと思いつつ、やはり「私/女」の関係に心を奪われてしまう。「私」が夷狄への罪悪感から女に心を奪われたのか、女に心を奪われたことからなおさら夷狄に肩入れしたのかは、正直読後の今もよくわからない。物語後半で「私」は危険分子と見なされ当局の拷問を受けることになるのだが、それも正義感や挟持のためなのか、女が受けたのと同じ拷問を受けることで女と同化したいという願望のためなのか。

ちなみに、老いた男が若い女を隣に置いて行為には及ばず眠る、という「眠れる美女」パターン。どうもわたしは、最近このシチュエーションが好きになってきた気がする……(この作品ではさらに足フェチ描写もがっつりと)。