メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

手紙を

母方の祖父母へ手紙を書いた。
とても久しぶりに。

最近ではすっかり体力のなくなってしまった祖父母。心配なので、実家に戻るたびに時間を作っては祖父母の家にも行くようにしている。おそらく3ヶ月に一度くらいは顔を見せているのにも関わらず、祖母はいつも「このあいだ会ったのは、お正月だったかな」と言う。会いたい会いたいと言っている(らしい)のに、実際わたしが行っても、長時間リビングに座っているのがきついのか、気づくと寝室に戻って眠り込んでいる。

血のつながった両親のことだからこそ、若く元気だった頃とのギャップに苦しむのだろう、母はしょっちゅう祖父母を叱りつけ、叱りながら悔しさや情けなさや自己嫌悪に泣く。「年をとるからには仕方ないことだし、叱られているのを見るのはいたたまれないけど、お母さんの気持ちもわかるから、何も言えなくなる」と、父も苦しい顔をする。わたしと姉はせめて、能天気に笑う。もしくは黙り込む。

手紙には、他愛のないことばかりを書いた。

先日の旅行に際し、お小遣いをもらったことへのお礼。
わたしは元気です。
仕事も順調でみんな優しくて、仲良く楽しくやっています。
遠くへの旅行は無理だけど、体調がいいときに、おいしいものでも食べにいきませんか?
そっちは山だから、そろそろ肌寒い日も増えてくるだろうけど、気をつけて。
ママもパパも、お姉ちゃんもみんな、おじいちゃんとおばあちゃんのことが大好きだから、
ずっと元気でいてね。

書きながら、昔の元気だった祖父母もことを少し思い出した。外国人のように、別れ際にキスとハグを交わすのがなぜかわたしの家のルールだった、そんなおかしなことまでも。最近のくたびれたふたりの姿も思い出した。

でも、一番くっきりと浮かぶのは、この手紙を受け取ったときの祖父母の姿だった。眼鏡をずり上げながら、祖父は満面の笑顔でこの手紙を読み上げるのだろう。隣で祖母はやはり笑顔でそれを聞いている。少しくらい、涙ぐんでしまうのかもしれない。こんな他愛のない手紙をきっと宝物のように扱い、後生大事にするのだろう。昔からそんな二人だった。

そんなこと知ってるのに、どうしてもう何年も手紙を書こうともしなかったのだろう。いつでも顔が見られることに、甘えていたのだろうか。少し胸が痛む。

そして、もうひとりの祖母のことも思い出す。

わたしが22歳のとき父方の祖母が死んだ。年齢にすると100歳近い大往生だった。気が強くて聡明で、大恋愛の末祖父を前妻から奪い取った、恋に生きる人だったらしい。わたしが生まれたときにはすでに祖父は鬼籍の人となっており、記憶に残る祖母はいつも静かに、新聞か、好きな推理小説を読んでいた。父方の祖母は、長男である叔父夫婦と暮らしていたし、明治生まれの、根本的には古い気質の持ち主であったため、わたしよりも長子である姉を重んじた。例えば姉の名付け親は父方の祖母だが、わたしの名は両親が決めた。わたしは、自分は彼女にあまり好かれてはいないのだと思っていた。

その祖母が死んだとき、寝室の小さな文机の引き出しから出てきたのは、わたしからの手紙だった。小学生の頃から、大学時代のものまで、ときおり書き送った手紙やハガキがすべて、大切に大切にしまわれていた。

孫って、そういうものなのかな。
手紙って、そういうものなのかな。

手紙に封をして。切手を買いに行った。ポストに投函して、帰りにケーキ屋さんでモンブランを買った。

秋です。