メトロガール

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破壊者ベンの誕生|ドレス・レッシング

破壊者ベンの誕生 (新潮文庫)

破壊者ベンの誕生 (新潮文庫)

不思議なくらい話題になっていない本年のノーベル賞作家レッシング。一冊持ってたっけと思い棚を探ったところ、この小説が出てきた。序盤、登場人物があまりに気持ち悪いので読むのをやめたのだった。

せっかくなので再挑戦。飲み会の待ち時間、ドトールで1時間半。短いので案外あっさり読み終えた。
作者はベンを本物の邪悪なフリークスとして描いていたのか、それとも哀れな子どもとして描いていたのか。ハリエットは、心の底ではベンを愛しているからこそ、彼を手元に置き続けたのか。それとも、ベンを一般的な子どもに近づけることで、フリークスを生んだという意識から逃れ、かつて描いた理想の家庭を守ろうとしていただけなのか。そういった点がわからないからこそ、ひどく混乱したまま後味悪く読み終えた。

あくまで個人的な考えなのだけど、ベンは多少の発達障害はあるものの、普通の子どもだったのではないかと思う。もともと、ハリエットとデイヴィッドのカップルには異常とも思える思想的な偏りがあり、しかも自分たち以外の人間を見下す傾向も強い(そういった描写が癇に障り、以前は序盤で読むのをやめた)。「たくさんの子ども」「広い家」「みんなの集まる賑やかで楽しい家庭」という理想まずありきで、それを実現させるだけの力が自分たちにあるかどうかは気にしない。子どもの面倒をみきれなければ、ハリエットの母を呼ぶ。生活費に困ればデイヴィッドの親に頼る。そんなふたりだから、予想外の第5子(ベン)の妊娠には動揺する。腹の中の子どもを落ち着かせるために精神安定剤を飲むくだりがあるが、薬が必要なのは当然ハリエットの精神だ。

確かに、発育の異常な面や、乱暴な性格などもたくさん描写されてはいるのだけれど、周囲に合わせようと、兄弟の様子を観察しそのとおりに振る舞おうとするベンのいじらしさのほうがむしろ印象に残った。現に、自分を受け入れてくれる友人に対して、ベンはおとなしく従順だった。

主人公は、母親ハリエットでも、ベンでもなく、「家庭」そのものなのかな、と思う。でもこれは「平穏で理想的な家庭が崩れていく」話などではない。もちろん生粋の邪悪を描こうとした「悪い種子」のような話とはまったく趣旨が異なる。理想とすべき「家庭」というもののかたちにとらわれすぎるからこそ、未成熟な夫婦は、その理想から少しでも逸脱したときに崩れ落ちるしかなくなってしまう。話の中に、障害を持つ娘を育てる夫婦が出てくるが、その夫婦のつくる家族のすがたと、デイヴィッドとハリエットのつくった家族のすがた。見比べると哀しくなる。