メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

レナードの朝

レナードの朝 [DVD]

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(以下ストーリーの結末に触れています)
マラソンを観ようとテレビをつけ、チャンネルを変えてみたら、ロビン・ウィリアムズとデ・ニーロが。マラソンはあっさり捨ててこちらを鑑賞。

ロビン・ウィリアムズ演じる研究医はひょんなことから精神病院に臨床医として勤めることになる。そこには嗜眠性脳炎の後遺症で半昏睡状態になった患者たちがいた。医師は、彼らがある種の反射行動を起こすことに気づき、患者の昏睡は、痙攣が進みすぎて運動機能が阻害されているからなのではないかと疑う。そして、パーキンソン病の治療のために開発された未承認薬L−ドーパを用いた治療を考え、30年間半植物状態にある男、レナードに薬の投与を開始する。

半昏睡状態から回復後の姿、その後のチックや痙攣に苦しむ姿まで、この作品は名優デ・ニーロの神髄を味わえる映画だと聞いていたがまさしくその通り。素晴らしかった。そして、デ・ニーロほど派手ではないけれど、医師の誠実さや苦悩を演じるロビン・ウィリアムズも素晴らしかった。

画期的な治療により劇的な回復を遂げた患者がまたもとの状態に戻ってゆくという流れは「アルジャーノンに花束を」を思い起こさせた。患者たちは薬の効果で一時的に意識を回復し日常生活を送れるようになるが、やがて副作用のせいか、薬への耐性ができ効き目が薄れたせいか、激しい痙攣症状に襲われ、結局はもとの状態に戻ってゆくのだ。

一旦成功の歓びを味わった後の医療スタッフ、患者の絶望は深い。医師は「いったん命を与え、また奪うのが優しさなのか」と自分を責める。自らの行く末を悟ったレナードは、他の患者たちの治療へ役立てればと、苦しむ自分の姿を記録するよう、医師に迫る。映画終盤の流れは切実にして壮絶だ。

いっそ目覚めさせなければ、患者たちに余計な苦しみを与えずにすんだというのもひとつの考えであるし、ほんの僅かなあいだでも目覚めの時間を味合わせることができたことを素晴らしいと捕えるのもまたひとつの考えだ。それでも、「映画の結末」として観るならば(※実話を元にした作品だが、映画ならではの脚色を考慮し)、この治療は特に医療スタッフにひとつの変化をもたらしている。序盤、植物のように眠ったままの患者たちに対するスタッフは、優しく手厚くはあるけれど、相手が感情を持った人間であるという意識には乏しいように思えた。しかし最後、目覚め→再びの眠りに入った患者たちに、スタッフは人格を認めている。目覚めのときに「お化粧しなきゃ」と言った老婦人にお化粧をし、髪を染め、好きな本を読みきかせる。体が動かないだけで、彼らはひとりの人間だと認めている。

わたしはこれを、悲劇ではなく美しい物語だと思った。レナードとポーラのダンスシーン。レナードが彼女への愛と幸福によって自ら分泌したドーパミンにより、わずかなあいだ痙攣が止まるのだ。