メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

エンジェル|フランソワ・オゾン

第一次世界大戦前のイギリス。田舎町ノーリーの下町で食料品店を営む母とふたりで暮らす少女エンジェルは、自らの生い立ちを嫌い、自分が貴族の血を引く娘であるとほらをふき、街の金持ちが住む豪邸「パラダイス」で暮らすことを妄想してばかりいる。やがて彼女はその想像力と文才から若き人気小説家として富と名声を手に入れる。何もかもが思いどおりに、夢見たままの人生を送れることを信じる彼女だが、少しずつ歯車は狂いはじめる。

初期のエキセントリックさは最近やや影を潜め、ここのところ、抑えた人間ドラマが続いている。そして映画がはじまって驚いたのは、全編英語の作品だったこと。この点には他のお客さんも驚いていたようで、帰りのエレベーターのなかがその話でもちきりだった。

やはりオゾンは密室劇の作家なのだと思う。スケール自体は大きなこの映画も、基本は「パラダイス」という密室を舞台に、エンジェルを中心とした数人の登場人物を中心に進む。中盤までは、書店でエンジェルの作品を手に取る人々や、劇場のシーン、盛大な出版パーティーなど、外的なファクターで彼女の成功を表現する場面も多い。しかしエンジェルが彼女の夢の権化「パラダイス」を手に入れてからは、映画の密室度が一気に高くなる。次第にエンジェルの小説が売れなくなり、凋落してゆく過程について、外的な描写があまり用いられず「パラダイス」の外装が荒れ、家具や装飾品がみすぼらしくなることや食事が質素になることで主に表現されているのが非常に面白かった。

言葉にすること、信じることでなんだって叶えられる、現実を塗り替えることすらできると信じる彼女にとっては、周囲の人間すら人生という物語の登場人物にすら過ぎない。夫は彼女を愛さなかったが彼女も夫を愛さなかったし夫の作品を理解してなどいなかった。エンジェルは、皮肉的な意味においては自分自身の描いた物語通りの人生を送ることになる。

エンジェルはろくでもない女性だけれど、あまりに自分の欲望に対して一途なので、かわいらしくも思える。序盤、はじめて出版社に呼び出され、発行人セオと会ったエンジェルは、想像だけで書いた小説の不整合を指摘され、訂正後の出版を提案されたことに激怒する。「単語ひとつ、コンマの位置ひとつ変えません!」と席を立ったあと、小説家への夢が破れたことへの悔しさからか、自分の小説に意見されプライドが傷ついたからか、ターミナルでひとり声を上げて泣く。しかし、自分を追いかけてきたセオの姿を見つけるなり涙を拭き、素知らぬ顔で「他にも興味を示している出版社はありますの」とはったりを口にする。このシーンで、わたしは彼女をを憎めなくなってしまった。

ちなみに、終盤、やつれ切ったエンジェルが真っ白い顔で(でもきらびやかな服を着て)ある女のアパートメントを訪ねるシーンでは、彼女がどうしてもマイケル・ジャクソンにしか見えなくて、困った。ミスター・ロンリーのチラシ観た直後だったからかな。セオの妻、ハーマイオニーを演じるシャーロット・ランプリングも良かった。「スイミング・プール」でも思ったけれど、この人神経質な役どころが似合う。