メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

口癖、うつった

最近、Kさんが好んで使う「心が折れる」という言い回しが妙に気に入ってしまい、真似したくてしかたない。何かを断念したときや投げ出してしまったときに使う言葉。風で枝が折れるように、ただぽっきりと気持ちが萎えてしまう。そんなあっけなさがある。

そういえば女子高生の頃は、ものを紛失したとき、「なくした」の代わりに「失われた」という言葉をよく使っていた。Rの口癖がうつったのだった。当時、受験生にありがちなこととして、意味もなく古文や英文で会話を交わしたり、英語的な言い回しを日本語に取り入れたりしていた。「失われた」は、おそらく、無理矢理に完了形を日本語化した結果なのだろう。ただ「なくした」と言うより喪失感が感じられて、好きだった。

さらにもうひとつ。

後輩のTくんは、ものをなくすと必ず「小人さん」を持ち出してきた。ボールペンやホッチキス、書類など、すぐそこにあったはずのものが姿を消すのは、小人がいたずらで隠してしまうからだと言うのだ。彼の子どもっぽさを当初こそ笑ったものの、気づけばわたしも係長も、ものをなくしたときには必ず、「小人さんが」と言うようになっていた。

わたしの心を惹いた3つの言い回し、「心が折れる」と、「失われた」と、「小人さん」にはひとつ共通点がある。それらはどれも、責任の所在をなくしてしまう言葉だ。「わたしが」あきらめたのでも、「あなたのせいで」断念したのでもない。ただ心が折れたのだ。「わたしが」なくしたのでも、「あなたが」なくしたのでもなく、ただ失われた、もしくは「小人さん(という姿のないもの)」が隠したのだ。こういう言葉ばかりを好んでしまうのは、わたしが狡くて弱いからかな。

ところでTくんはなかなか厳しい男の子だった。なくしたものがしばらく経っても出てこない場合、「小人」を持ち出すわたしに向かい、真顔で首を左右に振る。「いいえ、それ、小人さんじゃありません。小人さんにしては長過ぎます」。小人がいたずらをするのはほんの短い時間だけなので、概ね30分を超えて見つからない場合、それは小人の仕業ではない。というのが彼の言い分だ。