メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「すけきよ」のキーボード

先日、同じ係のYさんがうっかりキーボードにコーヒーをこぼしてしまい、スペースキーと、Nのキーがきかなくなってしまった。

彼は調達係に「余っているキーボード、ない?」と訊ね、倉庫から幾つか、古い汚いキーボードを探し出してきたが、あまりに古いためか、壊れているのか、どれも認識されない。ものを買うには煩雑な手続きが必要で、近所の電気屋に駆け込んで領収書でどうにかなるような問題でもない。彼は頭をかかえ、周囲の人間も心配し、壊れたキーボードの周囲にわらわらと集まった。

「まさかね」と言いながらYさんが最後に繋いでみたのは「これだけは、絶対に無理だろう」とはなから可能性を否定されていたキーボードだった。ひときわ古ぼけていて、普段使っているものとは若干キー配列が違っている。何よりおそろしいのは、キーボードの右上の方に、えんぴつで、一見坊主頭のように見える男の人がやる気のないタッチで描かれており、その横に「犬神家のすけきよ」というキャプションがそえてあることだった。

ところがなんと、その「すけきよ」が、認識されてしまった。

瞬間、あたりはどよめいた。

その後、「すけきよ」はキーボードに直接ではなく、きれいに貼付けられたメンディングテープの上から描かれていることが判明したのだが、Yさんは「なんか、これ剥がすと、認識しなくなるような気がする」と言い、そのままの状態でキーボードを使っている。

そんなこんなで、わたしたちのあいだで「すけきよ」は、ありがたい、ご利益のある存在として祀り上げられている。キーボードの古さから推測するに「すけきよ」の作者はもしかしたら今頃、ちょっとした管理職くらいにはなっているのかもしれない。