メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

わたしが仕事をはじめた頃のこと

彼はわたしの父と同じくらいの年齢だった。今の自分がおかれた状況に悲観していた。娘に対して父親として恥ずかしい、情けないのだと言っていた。就職直後、ほんの数週間までは無職の小娘だったわたしにはカウンセリングの技術も、彼にアドバイスできるような人生経験もあるはずがない。ただ、自分の父がもし目の前の男性と同じような状況だったらどうしたいか、そんなことだけを思い、聞き、話した。しばらく後で、状況が好転した彼が、「あなたのおかげです。娘に叱咤激励されてるみたいで、こたえましたよ」とわざわざわたしのところに顔を出してくれた。

あれから四年が経ち、従事する業務内容もずいぶん変わった。それでも、わたしは折りに触れてあのことを思い出す。当初三年以内にやめてやろうと思っていたこの仕事を続けているのは、あのひとのおかげなのだと思う。

旋盤工の男性がいた。外見的にも年齢的にも、もう老人の域に入っていた。もの静かで、大きな分厚い手を持っていて、顔には深いしわが刻まれている。彼は、字が書けなかった。そして、そのことを深く恥じていた。その彼に字を書くことを強いなければならないことが辛かった。わたしは字が書けるけど、旋盤を操ることはできない。彼は確かに字が書けないけれど、何十年も器用に旋盤でいろいろなものを作って、それで生活し、家族を養い、子どもを育て上げてきた。優れているとか劣っているとか、そういう問題じゃないのに。

またそのうち前線に戻りたい。戻れるとしてもずいぶん先のことだろうけど。人の話をする仕事は好き。残念ながら、「人が好き」という純粋な愛情ではなく、「他人の物語を聞くのが好き」というのが動機なので、不謹慎ではあるかもしれない。あのころ、人と接するなかでとんでもない目にあったことも少なくないし、ルールも気持ちも、言葉を尽くしたところでなかなか伝わらない。それでも、届いてしまうと、伝わってしまうと、本当に嬉しくて嬉しくて。

わたしは多分もうしばらくは、もしかしたら最後まで、この仕事を辞めない。