メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

さびしい、あったかい

わがままなやつら

わがままなやつら

Useless Trinkets: B Sides Soundtracks 1996-2006

Useless Trinkets: B Sides Soundtracks 1996-2006

先日「燃えるスカートの少女」に完全に持っていかれてしまった勢いのまま、最新刊「わがままなやつら」を。タイトルとは一見ちぐはぐにも見えるようなメルヘンチックな装丁に、スピンが黒とピンクの2本ついている。このあたりの対比はうまいこと作風とマッチしている。

これも、現実と非現実が器用に混じり合う不可思議な、可愛らしくて寂しくて、シュールでグロテスクな物語ばかりの短編集。個人的には前作よりもとっつきやすくわかりやすい印象を受けた。洗練されて、きれいに粒の揃った作品が並んでいる。

自意識ばかりが強くて、愛されたくて、愛せなくて、愛されなくて、棘ばかりを鋭く伸ばした女の人が、ここにはいる。そして、優しさと冷淡さを併せ持ち、ただたださびしい男の人がいる。ときに物語の中で、ひとりであるはずの主人公の一人称が「わたしたち」と標記される。「わたし」は「主人公」であり「作者」であり「読者(であるわたし)」であり、いわゆる「世間様」のようなものであるようにも思える。移入の対象として見るならば、ここでは主体も客体もどちらも「わたし」。わたしがわたしを傷つけて、わたしがわたしに傷つけられて、わたしがわたしを慰めて、愛して、愛されて、(愛されなくて)、壊して、壊される。

本当にどれも素敵だったので、特に気に入ったタイトルを挙げることは難しいのだけれど、敢えて言うならば「終点」「デビーランド」「マザーファッカー」「アイロン頭」。「燃えるスカートの少女」収録の「マジパン」では、ほとんどの母娘が抱える愛憎の感情をなんと巧みにすくいあげているんだろうと驚いたものだけれど、この作品集では「デビーランド」「ジンクス」で、思春期の女の子同士の友情について、あまりに鮮やかに書ききっていて、やはり嘆息をこぼすばかりだった。

ところで、郊外へ向かう電車の中で、日の光を浴びながらこの本を読んでいて、偶然BGMがしばらく前に発売されたeelsのB面集。エイミー・ベンダーのリリカルでシニカルな世界観はEのそれと、びっくりするくらいしっくり馴染んでしまう。もし今後この本を読まれる方がいらっしゃるなら、書店の帰りにeelsを一枚買って(もしくは借りて)帰ることを強くお勧めします。まあ、本に夢中になったら音楽なんて耳に入らなくなっちゃうのだけれど。

最後に。これは、ほとんどがさびしさで綴られた本なのに、こんなに優しいひかりあふれる文句で締めくくられる。

私は死につつある牧場。あなたは口にされない弁解。彼は母親と息子とのあいだの、変動をつづける距離。彼女は、赤ちゃんを眠らせるのに十分な静けさを作り出す、最初の仕草。
私の遺伝子、わが愛は、ゴム紐でありロープ。あなたはあなた自身がその中で暮らすことのできる構造を、自分で作ってごらんなさい。
アーメン。