メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

最後の物たちの国で|ポール・オースター

最後の物たちの国で (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

最後の物たちの国で (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

ブレイブガール・イン・ヘル。現実をデフォルメして寄せ集めれば、一見不可思議で非現実な情景となる。けれど、それはやはり現実。むしろただ写実的に写し取る以上に、生々しく現実を描き出すことだってあるのかもしれない。小説だって絵画だってそう。

消息を絶った兄の後を追ってアンナがやってきたのは「最後の物たちの国」。それは社会システムが壊れてしまっているどころか、自然の摂理や人や物の存在といった根源的なものまでもが一瞬で崩壊、消滅し、忘れ去られてゆく、まさしく自壊の土地だ。そこで失われてゆくものを見つめ、ときに抗いながら、アンナは自分の見聞きしたことや体験を、かつての恋人への手紙に書き綴る。

中流家庭の育ちながらも苦労を知らないお嬢さんであったアンナは、この土地で、とにかく生き延びようとする。彼女は、自らを賭してあらゆる人間を助けようとするような善人ではなく、だからといって誰彼なく踏みつけて生き抜こうとするほど冷酷で利己的でもない。わがままで、強く、ときに弱く、癇癪持ちで、勇敢で、優しくも残酷な、どんな状況にあっても、驚くほどに普通の女の子であることをやめない。こんな魅力的なヒロインってあまり見たことがないかもしれない。読んでいるうちに、自分がアンナになって、泣いて怒って苦しんでいた。

アンナだけではない。この小説に出てくるほとんどの人物が、絶望的な自壊の国で死と向かい合わせの生活を送りながらも、生き延びることへの執着を捨てない。壊れ行く世界を描きながらこれはどうしようもない希望に満ちた、生き延びるための物語で、だからこそラストシーンがあんなにも美しかったのだと思う。今年読んだ長編のなかでは今のところ「黒い時計の旅」と並んで一番好きな小説かもしれない。