メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

奇妙な出来事

それは午後五時を回った頃で、わたしは電車を降り、改札へ向かう階段を上っていた。休日の夕方で、そろそろ家路につく人も多いのか、それなりに混雑しているため、人の流れに合わせ、わたしの歩行も自然ゆっくりになる。

あれ、と思った。一瞬、臀部に何かが触れたような気がした。軽く当たる、というか、ぽんと叩くように。まあ、混雑しているときには、意図せず他人の体に手が触れることはままあることだ。電車の中のような身動きとれない密室ならともかく、こんなところで痴漢ということもないだろうと思いながらも、一応顔を後ろに向けてみた。

二十代から三十代くらいの、ポロシャツを着たアラブ系の男性と目が合った。わたしの思考がいったん止まる。そして、頭が動きを再開し、「あ、さっきの、このひとの仕業」と思った瞬間、さらに思いがけないことが起こった。彼はわたしの半歩後ろからすっと手を伸ばし、肩というか腰というか、そのあたりをごくごく自然に、抱き寄せた。例えば、恋人や、家族や、親しい友人と並んで歩いていて、急に車が来たときみたいな、そんな自然さで。そして、わたしが彼に対して取った行動はといえば、大声を上げることでも、手をはたき落とすことでもなかった。不思議と驚きも恐怖もなく、わたしはただ、彼がわたしを抱き寄せたときと同じくらい自然に、その腕をすり抜けて、何もなかった顔で歩き続けた。

彼は追ってはこなかった。もしかしたら、どこかのタイミングで彼はわたしに何か言ったのかもしれないけれど、インイヤーのヘッドフォンで音楽を聴きながら歩いていたので、何も聞こえない。

しばらく歩いているうちに、「今のはなんだったんだろう」という、腑に落ちない気持ちが大きくなってきた。もやもやした気分のままビックカメラで、デジカメ用のSDカードと液晶保護シートを買った。まだもやもやするので、ブックファーストで半時間ほど立ち読みをした。それでももやもやしながらライブハウスに行き、ビールを一本飲んで、2バンドほど見て、帰った。

まだちょっと不思議な気分で、もやもやしている。なんだったんだろう。それとも、ああいうのもやっぱり痴漢っていうんだろうか。