メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ダブル/ダブル|マイケル・リチャードソン編

ダブル/ダブル

ダブル/ダブル

「双子」「分身」等をテーマにしたアンソロジー。

これは「アメリカ人作家の編集した(英語の)アンソロジー」を日本人の訳者が丸まま翻訳したもの、ということでいいのかな。収録作品自体はもともと英語で書かれたものもあれば、フランス語にスペイン語イタリア語と、主題こそ似通っていても、国籍言語、時代さえばらばらなものばかり。言語→英語→日本語と、翻訳を重ねた作品だとすれば、文体やニュアンスがどこまで再現されているかはわからないよなあなどと考えているうちに、原書と訳書の関係も、言ってみれば「分身」「ドッペルゲンガー」のようなものかもしれないと思えてきた。だから、この「分身」がテーマのアンソロジーの、さらに「分身」を読むというのは興味深い。

どの作品も素晴らしくて面白かったけれど、一番印象に残ったのは「ゴーゴリの妻」。これは、ロシアの文豪ゴーゴリの妻が実は人形だったという、奇想天外な設定の短編。この「妻」は、人形というか、身も蓋もない言い方をすれば、精巧に作られた空気で膨らませるタイプのダッチワイフなのである。ゴーゴリの理想を投影する対象としての「妻」。また、空気の入れ具合等によって毎度異なる姿(数限りない分身)を持つ「妻」。奇想天外で、滑稽で、悲壮かつグロテスク。ランドルフィの書いた小説、他のも読んでみたいなあ。

もうひとつ特筆すべきは「ダミー」。「ひとりでふたり」もしくは「ふたりでひとり」というテーマにはどうしても、自己の曖昧さ(自分が分裂する、もしくは他者が自分を侵略する)からくる不安がベースとなりがちで、そうすると、小説としても暗いトーンのものが多くなる。このアンソロジーの収録作品もおおむねが明るいものではないのだけども、「ダミー」は違う。一人の人間が望んで自らのダミーを作り出し、作られたダミーを含めそれぞれがまったく別の価値観を持ち、それぞれの安定した幸せを手に入れる。全体的にコメディドラマのような雰囲気で、作品集のなかでは異色。だからこそこういう切り口も悪くないと思ってしまう。

いやいやしかし、外れ作品のないよいアンソロジーでした。