メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

祖父に会いに行く

天気が悪いのでタクシーが拾えないかもしれないと心配になり、早めに家を出た。土曜日早朝の山手線は、一晩中楽しく騒いで、今から帰ろうという人々で賑やか。わたしは眠気でぼんやりとしたまま、赤い電車へ乗り換える。

帰省の目的は、祖父のお見舞いだった。祖父は六年ほど前に肺がんを煩い、片肺の二分の一を切除した。術後の経過は順調だったが、入院生活で足腰が弱ってしまったことから、少しずつ、立ち上がること、歩き回ることを避けるようになっていった。肺に爆弾を抱えているので用心はしているつもりだったが、四月に肺炎を起こし、入院をした。退院したものの、一週間と開けずに再入院。肺炎よりはむしろ、食欲不振による体力低下の方がひどいようで、さらには思考や認知能力にもずいぶん衰えが目立つようになった。

何よりも本が好きだった祖父が、文章を理解することができなくなっていた。そういえば、しばらく前から郵便物のうち、特に保険や役所の書類については、読むことすらできないらしく、届く都度「おねえちゃん(わたしの姉)にみてもらう」とマジックで大書きされたクリアファイルに保管するようになっていた。「頭の半分にもやがかかったようだ」と不安を訴えながら、それでも祖父は、ノートに何やら書き付けることをやめない。日付、天候、頭に浮かんだことなどが、枕元に置かれたノートにびっしりと綴られている。

婦長さんの名前が何度も出てきて、よっぽど感謝しているのか、その名の横には必ず「忘れることのできない大切な方」と書いてある。書かれていることのほとんどは文法がめちゃくちゃで、内容的にも支離滅裂なものだけれど、祖母と離れて暮らす日々のことを「否自然」なことだと嘆いている。もう一冊小さなメモ帳には「美貌」とタイトルがふられていて、それは祖父の字ではない。意味がわからず眺めていると、姉が言った。「おじいちゃんは『備忘』って書いて欲しかったんだろうけど、若い看護士さんだから、そんな言葉知らなくて、『美貌』になっちゃったみたい」。

毎晩焼酎ばかり飲んでいて甘いものになど興味がなかったのに、今は何よりアイスクリームが好きなのだという。ハーゲンダッツについて「高尚な味」と記してあったけれど、一番好きなのは、ソフトクリームのような形状のアイスで、「くるくるしたアイス」と言っては嬉しそうに食べる。今日、コンビニエンスストアのアイスケースの前で姉が笑う。「なんか、おじいちゃんがいつか死んじゃって、その後もずっと、こういうコーンの上に乗っかったアイス見るたびに、おじいちゃんのこと思い出しちゃうんだろうね」。

先週Rと会った。Rの祖父は、元気ではあるものの、人が変わったかのように怒りっぽく頑固になり、周囲を泣かせてばかりいるのだという。高校生のときわたしたちはふたりとも、自分の祖父が大好きで大好きで「おじいちゃんが死んだら、わたしも死ぬ」と口を揃えるほどだった。今ももちろんおじいちゃんのことは好きだけれど、わたしもRも、祖父が死んでも自分は死なないことを知っている。そして、互いの祖父母の変わりようについて「悲しいけど、これがお別れの準備ってことなんだよね」と諦めの言葉を吐く。

子どものころは、身近な人との別れが怖くて怖くて、自分はとてもそんなことには耐えられないのだと思っていた。けれどいつのまにか、どんなに悲しいことも、どんな別れも、受け入れて乗り越えて生きていけるのだということを知ってしまい、もちろんそれは救いではあるのだけども、そんな自分を寂しくも思う。