メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

白の闇|ジョゼ・サラマーゴ

白の闇 新装版

白の闇 新装版

楽しみにしていた復刊。読みはじめると、面白くて面白くて、もったいないくらいあっという間に読んでしまった。結局小説にとって一番必要なのは面白さなんだということを再確認。

数多ある文学賞のなかでも、変に一人歩きしてしまっている「ノーベル文学賞」。まあ、これが純粋な文学賞であるか等々は別問題として、妙に権威づけられてしまっているからこそ、ノーベル賞作家の小説=小難しいと思い込んで腰が引けてしまうひとが少なくないというのは、もったいない。その点この「白の闇」は、平易な訳文の効果もあって、驚くほどとっつきやすい。いわゆる「文学」に抵抗を持つ人も、このスピード感、サスペンスにスリルだけを追って、それこそスティーブン・キングを読むのと同じ気軽さで楽しむことができるんじゃないだろうか。読書ってそれでいいと思うんだけどな。

信号待ちの車中で突然、運転席の男が「目が見えない」と叫び出す。前触れなしに失明するという奇病は人々のあいだにおそろしい勢いで広がり、感染性の病だと判断した政府は、失明患者とキャリアをかつて精神病院だった廃墟に隔離する。しかし外界の混乱も激しくなり、病院への食料の配給すらまともにはおこなわれなくなり、患者たちは極限状態に追いやられてゆく。

極限状態に置かれた人々が、どんなに利己的になるかということは、これまでにも多くの小説や映画で描かれてきた。だから、失明し、食べるものも自由もなく命の危険を感じる中で、人々が争い、踏みつけ合うことには驚かない。一部の男性登場人物が、女性に対してふるう暴力についても、想像の範疇だった。

読んでいて、わたしが一番おそろしく感じたのは、容赦ない汚物の描写だった。目が見えない、トイレの場所がわからない、当然風呂にも入れない(ほとんどの人間が失明しているので、介助に頼ることはできないし、衛生設備を保守することもできない)。まもなく建物の中も外も関係なく、汚物にまみれてゆく。どれだけ汚れても洗い清める術はない。誰も見えない、見られないなかで、人々は他人の存在を気にせずそこらで用を足すようにすらなる。この小説の中で、暴力やレイプによって人間性は損なわれない。いくら利己的な行為であろうと、傷つけるのは人間で、傷つけられるのも人間だ。しかし、四つん這いになり糞尿にまみれることにより、人はいとも簡単に崩れる。その描写がとにかく怖かった。これって、失われるのが「聴覚」でも「嗅覚」でも成立しなかった話なわけで、人間がどれほど視覚にたよって社会性を獲得してきたかということを思い知る。

ちなみに、この作品が読みやすかったので調子に乗って、先日古本屋で見つけた「修道院回想録」を読みはじめたところ、こちらはなかなか骨のある文章。世界史の知識がほとんど欠落してしまっていることに加え、訳文も堅め。でも何章か読み進めるうちにものすごく面白くなってきた。「白の闇」の主題である「見るということ」についても少し書くつもりだったのだけども、「修道院回想録」に出てくる「内部が見えてしまう少女」のことが気になってしかたないので、こちらを読み終わってから考えをまとめられればいいな。「白の闇」については、まさしく取り憑かれたように読み切り、登場人物のあれこれとか、感じること考えることは多かったのになかなか感想として言葉にすることができず、読了後これを書くまで四日もあいてしまった。とっつきやすく読みやすいけど、深くて複雑な小説。そのうちもうちょっとちゃんとした感想リライトしたい。