メトロガール

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巨匠とマルガリータ|ミハイル・ブルガーコフ

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

いろいろなことが偶然にかみ合ってしまい、読むべきときがきたので読んだといった感じ。

わたしは無知だったので、「巨匠とマルガリータ」というのは、偉大なる芸術家である巨匠が破滅的に美を追求し、それをマルガリータという女性が献身的に支えるゴシック小説だと思い込んでいた。ところがページを捲ると、驚いたことに、想像したのとはまったく別の小説世界が広がっていた。児童小説のように軽妙な文章で、メロドラマかと思っていたのにスラップスティックで、しかも肝心の巨匠もマルガリータも、200ページあたりまで出てきやしない。もう、最後までそんな人出てこないのかと思いはじめたころに、ぼろぼろの巨匠が現れた。「巨匠」が、文字通りの、辞書的な意味合いでの「巨匠」ではなかったことに意表をつかれて、それから嬉しくなってしまった。マルガリータにとっての「巨匠」だから、彼にも、彼の作品にも意味がある。マルガリータが巨匠を取り戻そうとし、巨匠を守ろうとする一連の流れは美しくて強靭で、胸に迫る。

巨匠とマルガリータ」の話はひとつの中心的な筋ではあるのだけれど、「特別顧問」たちがモスクワを混乱に陥れるさまざまな奇術がまた面白い。少なくない人々が、悲惨で破滅的な目にあわされて、なかには発狂どころか死んでしまう者もいる。被害者は、特段の善人でも悪人でもなく、いわゆる「小市民」タイプの人間なので、別にここまでひどいめにあういわれはない。それでも彼らがやりこめられると痛快な気分になってしまう。様々な描写から、教科書程度のロシア史しか知らないわたしでも、これが社会風刺の色濃い小説だということは推測できた。でもこれ、まったくロシアを知らない人が、社会風刺という感覚ゼロで読んだとしても、まったく魅力は損なわれないと思う。だからこそ素晴らしい小説なんだろうけど。ただ、漠然とでいいから、ヨシュア(=イエス)の生涯くらいは知っていた方が、作中作の部分については理解が容易いかな。(ちなみにわたしは、たびたびここに名前を出している、講談社の「少年少女世界文学全集」の「古代・中世篇」に収録されていた「聖書物語」くらいしか聖書的なものを読んだ記憶はないのだけども、それで十分)

精神病院で医師のあいさつにイワンが「今晩は、この藪医者め!」と返すのに大笑いしたのだけれど、こういった軽妙で品のない台詞回しも本当に可笑しかった。大好き。もし万が一わたしと同じような勘違いと偏見でこの小説を遠ざけている人がいるならば(いないだろうけど)今すぐ本屋へ走った方がいいです。断言します。