メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「けっこうです」

早朝のコンビニエンスストアで飲料を買った。レジに立っていたのは幼い顔をした、金に近い茶髪の男の子で、高校生と思われた。

彼は、コンビニエンスストアの店員としては過不足のない礼儀正しさで、わたしに「ストローはお付けしますか」と訊ねた。わたしが「けっこうです」と答えると、彼は「はい」と、ストローを買い物袋の中に迷いなく差し入れた。その瞬間は意味が分からなかったけれど、おそらく彼はわたしの返答を「ストローを付けてくださってけっこうよ」という(なんだかこう書くとお高く止まった風な)意味合いに受け取ったのだろう。次に同じコンビニエンスストアで、同じ店員に、同じことを訊かれ、わたしは「いいえ、いりません」と答えた。ビニール袋にストローは入っていなかった。

先日祖父の見舞いについて書いた際の「美貌」の件にしろ、こういった例を取り上げて「最近の若者は言葉を知らない」なんて言う気はなくて、そもそもわたしも言葉遣いや教養は怪しいし、使われることの少ない言葉は、理解されなくなっても仕方ないものだとも思っている。逆にわたしは、ほとんどテレビを観ないせいもあってか、流行語的なものにとことん弱い。昨年一世を風靡した「KY」なんて、政界のおじさまがたにすら遅れをとるほどだった。これはさすがにどうかと思う。

昨日、友人と浅草を歩いていて、「モボモガ御用達の店」という看板を見つけて思わず笑った。友人も笑っていたが、どうやら彼女は「モボ/モガ」という言葉を知らず「わけのわからない面白い響きの単語」に笑っているようだった。そして、それが「モダンボーイ」「モダンガール」の略語で、昭和初期の先鋭的な若い男女を現す当時の流行語だったことについて「全然知らない」ときょとんとした顔をしていた。

同じ友人が今日、電車の中で突然にやにやしはじめた。「どうして笑ってるの?」と訊くと、携帯電話を取り出す。昨晩別の友人に「モボ/モガってなんの略か知ってる?」とメールをしたのだという。返信「『モテモテボーイ/モテモテガール』いや、『もったいないボーイ/もったいないガール』←ちょっとエコを意識してみた」。もちろんわたしも笑った。平成版モボ、モガはエコロジストの略だった、なんて、そういう発想の自由さ。いいなあ。