メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ラース・フォン・トリアーのアメリカ

マンダレイ デラックス版 [DVD]

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「アメリカ三部作」の前二本。「マンダレイ」を観ていなかったので借りようと思って、ついでに「ドッグヴィル」も観返すことにした。連作で、主人公のグレースという女性は共通しているのだけども、筋としてのつながりはなく、グレースを演じる女優も変更されている。これは、当初三部作すべてでグレースを演じる予定だったニコール・キッドマンが「ドッグヴィル」一作で疲弊して、役を降りてしまったからだと言う。ちなみにクロエ・セヴィニーは両作品に出演しているがまったく別の役どころを演じている。

特徴的なのは、これらの映画には建物のセットがなく、スタジオの床に道や、家々の境界がラインで示され、そこに「○○の家」「○○通り」のような表記がなされていることだ。俳優は、家に入るときにはドアをノックし、開くパントマイムをおこない、効果音が挿入される、しかし、ドアも壁も視覚的に存在するわけではない。ある建物の中がクローズアップされて、登場人物がなにか会話を交わしている奥の方に、(あるはずの壁を通して)別の家の中で生活する人々の姿が見える。この特殊な手法は、「ドッグヴィル」では非常に効果的で、村全体をひとつの密室としての密室劇が成立していた。しかし「マンダレイ」では、空間的にやや広く大道具が増えたこと、カメラワークの違いからか、必ずしもこの手法が生かされてはいなかった。「マンダレイ」は、セットを建てて、ロケして、普通に撮影した方が良い映画だったような気がする。

「アメリカ三部作」というだけあって、アメリカのさまざまな病理を辛辣に暴き出す映画。「ドッグヴィル」では、閉鎖的な田舎町に現れた美しい異物グレースを通して、村の歪みが暴かれる。そして、「マンダレイ」では逆に、奴隷のような生活を強いられていた黒人たちを、白人農園主から解放しようとするグレースの甘さと傲慢が暴かれる。どちらも小社会や人の嫌な部分が目白押しなのだけども、結論がはっきりしているので、どちらも見終わった後はすかっとした気分になれた。

キャストの変更については、同じ人物という設定ではありながら、これらふたつの作品のグレースからはかなり異なるパーソナリティを持つような印象を受けるので、別の女優が演じたことは正解だったんじゃないのかな、神々しいほど美しく可憐なニコールは「ドッグヴィル」のグレースには適役だった。彼女があのまま、人間くささに溢れる「マンダレイ」のグレースまでも演じてしまったら、きっとずいぶんな違和感があったことだろう。ニコールがあまりに美しかったので、ブライス・ ダラス・ハワードは、最初のうち、なんだかぱっとしないと思いながら観ていたのだけど、「マンダレイ」のグレースには彼女の方が似合っていたようにも思う。個人的にけっこう贔屓しているはずのクロエ・セヴィニーがちんちくりんに見えてしまうくらい、ニコールが美しく撮られている「ドッグヴィル」は、彼女の美しさを堪能するためだけにでも観る価値があると思います。