メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

つれづれ今日も

小雨に降られた帰り道、街灯はまるで五線譜のようで、思わず鼻歌のひとつもこぼれそうになる。

週末の雨をさかいに蝉の声があまり聞こえなくなった。終業時間あたりに窓の外に目をやると、公園をはさんだ向かいにある鏡張りのビルに夕焼けが写り込んでとんでもなく美しかったのだけれど、今日同じ時刻に外を見ると、そこにあるのは薄暗がり。眠る前に部屋の中で音楽を止めると、窓の外では秋の虫たちが鳴いている。

長期にわたる夏休みをなくした頃からだと思うのだけども、わたしにとって夏はとても短いものになり、同時に、たいして好きでないものとなった。そもそも今の生活では、夏を満喫する隙などあるはずもない。じりじりと肌を焼く熱に触れる時間がまず、ほとんどない。朝、家から駅までのほんの5分そこらが、わたしが唯一直射日光に触れる時間だ。職場は駅に直結しているし、日が沈んで数時間経つまでビルを出ることもまずない。

好きな季節を問われて、迷いなく夏と答えた頃も確かにあったはずなのに、今となっては、夏の何があんなに好きだったんだろう、と不思議に思う。夏の思い出は、ほとんどが子どものときのことばかり。

今暮らしているマンションのすぐ近所には学校があり、その横を通るとき、懐かしいにおいに思わず足を止める。塩素と水のにおい。頑丈な目隠しで仕切られているのに、その向こうにプールがあることは明白で、アスファルトに焼かれる足裏のことなんかを、条件反射のように思い出す。そのせいか、昨夜、多分はじめて、ある男の子の夢を見た。小学生から中学生にあがるくらいのあいだ、好きだった男の子。彼は今までの人生で唯一わたしにラブレターをくれた男の子だった。いや、ラブレターなんて上等なものではない。ルーズリーフに鉛筆で書きなぐられたメモは、6年5組のわたしの机の中に入っていた。あの頃も今も、わたしは好きな人とは全然上手に話せない。100回人を好きになったところでわたしは、100回初恋の無様さを繰り返すだけだろう。おばあちゃんになってもきっと。

ところで今年は秋を、冬を、あまり好きにならずにいようと思う。