メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

青ひげ|カート・ヴォネガット

青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

薬と同じで、同じ作家の小説をあまり続けて読んでいると、手癖に慣れちゃって効かなくなる。ので、やばいなと思った時点でストップをかけて、インターバルをおくようにしている。そんなこんなで、好きだと言える作家であっても、なかなか全著作制覇とはいかないのだけども。

ヴォネガットは、昨年末に「スローターハウス5」→「タイタンの妖女」→「猫のゆりかご」で、不穏な気配を感じたので、読むのを止めた。半年経って、そろそろいい時期だと思ったので、この本を買った。

今年に入って(いまさらながら)読んだ小説のいくつかは、直接的な戦争小説ではないにしろ、二次大戦を扱ったものだった。エリクソンの「黒い時計の旅」にしろ、パワーズの「囚人のジレンマ」にしろ、この小説にしろ。けれどそれはどれも、戦勝国を意識して書かれたものでも、敗戦国を意識して書かれたものでもない。拡大的な視点からの描写はもちろんたくさんなされているのだけども、最終的にここで求められているもの、目指そうとしているものはあくまで個の救済であるような印象を受ける。
ドレスデン爆撃の体験により、ヴォネガット戦勝国の人間でありながら、被害者であり敗者であるという感覚を戦争に対して抱いている。しかし今まで読んだ彼の小説の中ではただひとりとして、救済された者はいないし、この小説でもそうだった。傷ついたもの、虐げられるものは、決して救われはしない。受容するだけだ。それは「so it goes」であり、「近くにいて愛されるのを待っている人を愛する」ことであり、「猫はいないしゆりかごもない」ことである。この小説では、最終的に誰一人、救われないし孤独は埋まらない。それでも、そういったものを抱えたうえで、死んだように生きるのではなく、生きているものらしく生きる、というスタートラインには立つことができているように思う。

ペローの「青ひげ」にしろ「鶴の恩返し」にしろ、隠された部屋には悲劇的な結末が待っているものだけど、ときにはこんな素敵なものが隠されていることもある。