メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

母なる夜|カート・ヴォネガット

母なる夜 (ハヤカワ文庫SF)

母なる夜 (ハヤカワ文庫SF)

「あたしは死ぬ」とレシ。
「まさか。きみはきっと生き延びるよ」
「殺されるとき、痛くなんかないわ。ただ、あたしは突然いなくなってしまうの」とレシは言った。彼女はひざから犬を押しやった。犬は抵抗もなく、まるでクナックヴルストみたいに床に落ちた。
「これ、連れてって」とレシは言った。「最初からちっとも好きじゃなかったの。ただかわいそうだと思ってただけ」
 わたしは犬を拾い上げた。
「死んだ方がよっぽど幸せよ」とレシは言った。

小説全体の構造よりはむしろ、ひとりの登場人物やいくつかのエピソードだけに引きずられて、その作品の好き嫌いを判断してしまう。森を見ず木にばかり見とれてしまうのがわたしの悪い癖。

レシ・ノトという女の子、女性、彼女にかかるエピソードのためだけに「母なる夜」は特別な小説になってしまう。戦争も、善悪も、政治思想も、この小説でヴォネガットが書きたかったであろうあらゆることも、たくさんのひとによって評価されたこの小説の優れた部分も、極端な話、どうでもいい。いや、どうでもよくないんだけど、そう言ってしまいそうになるくらい、レシ・ノトの激しさと切実さは鮮烈だった。