メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

乙女心は夢を見る

祖父の葬儀のときに、祖母は繰り返し繰り返し言った。本当にあのひとはやさしいひとだった、一度だって怒ったりしなかった、と。嘘ばっかり、おじいちゃんしょっちゅう小言を言ってたじゃない。そうわたしたちがからかうと、祖母は真顔で言うのだ。あれは、わたしがいけないことをしたから叱られただけ。あのひとは、決して自分の気分で怒ったりはしなかった。

(まだ許嫁だったころ、おばあちゃんは学生でね、学校帰りに心配なのか、後ろの方、ずっと遠くにおじいちゃんがついて歩いてくるの。友達にからかわれて恥ずかしかったから、一度だって振り返らなかった。結婚なんてしたくないと思いながらも、向こうから断られるのはなんだか癪だと思って、複雑な気持ちだったのよ。女心ってやつかしらね)

祖母は学校を卒業すると同時に16歳で嫁に来た。祖父のことはほとんど知らなかった。まだまだ子どもで結婚の意味もわからず、不安で泣いている祖母がいたたまれず、兄たちは、結婚式で差す口紅を取り出し「ほら、おまえ、紅は甘いぞ」と出任せを言っては、なんとか笑わせようとしたのだという。祖母はそれまで一度だって紅など差したことはなかった。

(たった一度だけおじいちゃんが手を上げたことがあって、おばあちゃんはそのとき「殴りたければ殴ればいい」と言ったの。そうしたらおじいちゃんはね、はっとした顔をしたんだけど、今さら手を下ろすことができなかったんだろうね、「この手は殴るための手じゃない」って言ったの。そして、振り上げた手をゆっくり下ろして、おばあちゃんの頭を撫でたのよ。「この手は殴るための手じゃない、撫でるための手だ」って。)

わたしがその話をしたら、母は、おじいちゃんはそんなキャラじゃないわよ、おばあちゃん、自分の都合いいように夢でも見たのよ、と笑った。