メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

塵よりよみがえり|レイ・ブラッドベリ

あちこちに書いてきた、「魔物の一族」についての短篇を改稿し、まとめ、多くのエピソードを付け足して一本の長編小説として編んだもの。どうりで、全23章のなかには見覚えのあるエピソードが幾つも紛れていた。

アメリカ北西部のある館には、不思議な一族が住んでいる。《ひいが千回つくおばあちゃん》はネフェルティティの母であり、ミイラの体で生きながらえている。魂を飛ばし人の中に入ることのできる少女セシーや、眠ることのない母親、翼を持った叔父たちのなかには、なぜか《普通の人間》である少年ティモシーも紛れている。一族は世界中に散らばっているが、十月のある晩には、皆が館に戻ってきて集う。そんな彼らにまつわる、不思議で叙情的な、ときおり恐怖要素も含んだエピソードが連なる。

「永遠の命」や「想像力」といった、ブラッドベリが好むテーマはこの作品にも強くあらわれている。永遠に生きることは果たして素晴らしいことなのか、寿命を持たない一族の中でたったひとり先に死んでゆくことを恐れていた人間の子ども、ティモシーは最後、彼なりにこの問いに答えを出す。そして「想像力」について。「オリエント急行は北へ」と名付けられた一章で、謎の男は死にかかっている。彼を殺すのは加齢でも病でも暴力でもない。神を、魔物を、目に見えぬ不思議なものを信じない人間たちの心こそが、彼の命を奪いかかっている。「永遠の命」という主題や、それに与えられる回答は決して新しいものではないし、「想像力の欠落」による死だってそう珍しい視点ではない(たとえば「果てしない物語」なんてその最たるものだ)。ブラッドベリ自身繰り返し繰り返しこのテーマで、同じ手法で書いているが、だからこそ、彼が「命」をどう思っているか「想像力」をどれほど大切に思っているか、というその気持ちの強さを感じてしまう。

素晴らしかったのは第18章「生きるなら急げ」。墓から生まれ、どんどん若返り、胎内へと死んでゆく少女アンジェリーナ・マーガリートとティモシーとの、意識されないほどささやかな初恋を描いた話。(ちなみにわたしはこの「逆回りの恋人」設定に弱く、梶尾真治の「時尼に関する覚え書き」なんて何度読み返したかわからないのに、初読から十年以上経って、まだ読むたびに泣く)。ティモシーはブラッドベリが幼い自分を投影して作ったキャラクターであり、マーガリートというのは彼の妻の名であるのだと聞くと、ますます胸に迫る。