メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

名前のこと

中学校のとき「妹子」と書いて「まいこ」と読む女の子がいた。当然のこと彼女は悪ガキたちから「いもこ」と呼ばれ、「遣隋使」と呼ばれた。姉のクラスメートに「ブンタ」と呼ばれている男の子がいた。別に彼の名が「ブンタ」だったわけではない。ただ名字が「菅原」だっただけだ。Rとわたしは高校のクラスメートでとても仲が良かったが、偶然同じ名字を持っていた。お年を召した講師の先生は、何度も訂正したにも関わらず最後までわたしと彼女のことを「双子」もしくは「姉妹」なのだと信じていた。

名とはかように罪深い。

今日、シャンテシネに映画の前売り券を買いに行った。「ブーリン家の姉妹」という映画の前売りにアガットのチャームが付いてくる、ということでアガタ好きの友人が欲しがっていたのだが、彼女の住んでいる県には、この特典つきの前売りを販売する窓口がない。シャンテシネならば会社の近くだから、買っておこうか? と申し出てから考える。「もしかして、ブーリン家って、アン・ブーリンのブーリン?」。ちょうど最近わたしは、「さようなら、ギャングたち」→「ヘンリー4世」→「ヘンリー8世」→「アン・ブーリン」という連想ゲームにより彼女のことを考えていたのだ。

学生時代、世界史選択者のあいだでヘンリー8世は人気が高かった。妻を6人もとっかえひっかえしたスキャンダラスな印象からかもしれない。ロンドン塔の幽霊の話のせいかもしれない。しかも、それだけ女癖が悪いのに、のっぺりとでっかい、ワラジそっくりの顔をしていたせいもあったのかもしれない。しかし、ヘンリー8世が我々の心を奪った理由のひとつは紛れもなく彼の2番目の妻の名が「アン・ブーリン」であったからだと思うのだ。

箸が転んでもおかしい年頃なので、王妃なのに「ブーリン」という日本人の言語感覚からすれば上品でもないし、さっぱり美しそうにも思えない名前! その語感が面白くて仕方なかった。わたしの通っていた高校では、カリキュラムの中に海外研修が含まれていた。ロンドンでは当然、熱狂した友人たちが「ヘンリー8世筆箱」や「ヘンリー8世マグカップ」を買い求めた、箸が転んでもおかしい年頃だから。「後鳥羽上皇隠岐に流される」と言われればその語感から「あ〜れ〜」とか言いながら沖へ流されてゆく後鳥羽上皇を想像して笑い転げた(※おき違い)。「アナーニ事件でボニファティウス8世が憤死した」と言われれば、「憤死」という語感に笑い転げた。ほら、箸が(以下略)。

ちなみに自身について書くならば。姉の名前をつけたのは父方の祖母で、今時アレな話だけれども、皇室の某様が由来だったりする。母方の親類には割と革新的なインテリが多く、姉より上の世代では珍しい「アンナ」や「ジュリ」といった名前に見目麗しい漢字をあてる、というような命名が普通だった。その血筋を引く母としては一人目の娘を授かったとき、当然現代的な名前をつけたい。一方父方の祖母としては、そんな外国かぶれの珍妙な名前をつけられてはたまらない、という水面下の駆け引きがあったのだと思う。結局「皇室の某様」まんまではなく、一文字頂きアレンジするという妥協点に落ち着いた。そして、父方の祖母は、平等の観点からふたり目の子どもは「母方の祖父母」が命名すべきである、と言い、わたしの命名権を放棄した。

母方の祖父母は「子どもの名前は親がつければいいんじゃない?」という考えから、さらに命名権を両親に譲り渡した。そんなたらい回しの末、父と母は、「姉と似た音の名前(姉妹だから)」「ひらがな(角張った漢字ばかりの名を持つ姉の性格が激しいものだったので、ひらがなで名付ければやわらかい性格になるのではと淡い期待を込めた)」という安易な理由でわたしを名付けた。

難しい漢字を名前に持つ友人は、読み間違えられるのが苦痛なのだとよくこぼす。しかし、ひらがなだと名前が覚えられやすいかと言われれば、そうでもないのである。「あかねちゃん」「あずさちゃん」「あおいちゃん」その他もろもろ。病院の受付や、酒の席の上司など、皆思い思いにわたしを呼ぶ。訂正するのも面倒なので、そのまま笑って話を進める。

名前など所詮記号。極端な話、わたしに用があってわたしに呼びかけようとしているならば、「そこの君」でも「あんた」でも「おい、姉ちゃん」でも、なんでもいいのだ。こだわる人も多いんだろうけど、わたしはおおざっぱな性格に生まれついているので、そのあたりはまったく気にしない。あ、でもやっぱり「ブーリン」はちょっと嫌かも。