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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

好きになってしまう

友人が、1枚の紙切れをくれた。フライヤーというか、インディーバンドのメンバーが自分たちのPRを兼ねて作っているフリーペーパーのようだった。パソコンで編集されたわけでも、印刷所で刷られたわけでもない、手書きをコピーしただけの簡素な紙切れに、メンバーが各々のテーマに沿った文章を書いていた。

達筆というわけではないんだけども、かっちりと整った字だった。テーマは「後悔」だったっけ、彼はそこにまず「自分の人生は後悔だらけだ」というようなことを書いていた。そして、続けて、そのなかでももっとも悔やむべきことは「人を好きになりすぎること」なのだと書いていた。もうその紙切れはずいぶん前に捨ててしまったから、詳細は覚えていない。ただ、そこで、もういい大人である様子の彼が書き綴っていることは、ひどく幼稚で切実で、どうしようもない言葉だった。

「人を好きになりすぎること。相手に好きになってもらう余地がないくらい、好きになってしまう、これ、良くない」

この「相手に好きになってもらう余地がないくらい、好きになってしまう」こと。その気持ちの強さこそが愛してもらえない理由であると、嫌になるほどわかっているのに、どうすることもできないのだという内容が、どこか冷めた、諦めきったような調子で書き連ねられていた。読んだ瞬間、何かとても冷たくて痛ましくて柔らかい、大切なものに触れたような気がした。そして、少し怖いと思った。

その文章を書いたのは五十嵐隆という人だった。

わたしがそれを読んだのは、syrup16gを聴きはじめるよりずいぶん前のこと。