メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

気になる部分|岸本佐知子

気になる部分 (白水uブックス)

気になる部分 (白水uブックス)

岸本さんの凄いところは、徹底した偏質的な妄想力なのだと思う。

「ひとりしりとり」にしろ「悪いことばかり思い詰めてしまう癖」にしろ「エスカレーターとエレベーターの区別がなかなかつかなかったこと」にしろ、それ自体珍しくもなんともない。わたしだってひとりでしりとりくらいする。道路を歩いているときはいつも「ここに車が突っ込んで来たら避けられずわたしは死ぬ」とひとり死の危険と闘っている。いまだに「じゅんかん」という言葉を漢字で書こうとしたときに、一瞬「循環」だか「環循」だかわからなくなって固まってしまう。しかし、わたしを含め、たいていの人間は、岸本さんほどねちっこくその妄想をつつき回さないのだ。「ひとりしりとり」はするけれど、わたしの脳内では、そのルールについて二大勢力があそこまで熾烈な闘争を繰り広げたりはしない。そんなことが起こる前に面倒くさくなって眠ってしまう。

元々は洋酒会社のOLだった、という文学翻訳者としてはやや個性的な経歴も、岸本さんのエッセイ(というかそのベースとなる人生経験)を豊かにしたのだろう。だれもが持っている小さな引っかかりや妄想を肥大化させた、現実なんだけど現実離れしたエピソードの数々が淡々と積み重なるこの本の破壊力はなんというか、パンチを重ね打ちされてダウンしてゆく気分に近いのかもしれない。

うっかり昨晩、浴室へこの本を持ち込んだわたしは、読書に熱中してそのまま一時間以上。はっとしたときには、浴槽の中は完全にぬるま湯になっていた。案の定、風邪を引いた。