メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

2008年を振り返る《読書篇》

新刊をあまり読まないので、ほとんど既刊ばかりを選んだ個人的メモです。ちなみに今読んでいるアーヴィングの「オウエンのために祈りを」はものすごく良くて、このままいくと今年印象深かった本の上位に食い込みそうなのだけど、自分の中で読後の消化が不十分ものを入れるのもうかつな感じがするので、読み終えるのを待たずに今年をまとめてしまいます。「チャイルド44」も本当によかったんだけど、同じ理由で除外。特に順位を付けているわけではなく、順不同です。年末年始に読む本を選ぶにあたって、ちょっとでもお役に立てれば嬉しいです。


私自身の見えない徴

私自身の見えない徴

新刊「わがままなやつら」も好調だったエイミー・ベンダーの旧作。不器用な少女が「喪失」を受け入れ、成長してゆくというオーソドックスな話をちょっとへんてこに書いた小説だった。石鹸を食べちゃう癖、とか、その日の気分をあらわした数字を首に掛けて歩く隣人、とか、エキセントリックな設定にもきちんとしたバックボーンがあって、納得と共感ができるつくりになっている。ヒロインが周囲の人間によって引き上げられるだけでなく、庇護すべき子どもたちとの関わりもきっちり描写されていて、成長について、くまなくいろいろな視点から描かれているのが本当によかった。あと、なによりわたしはこれを読んで、高校のときの数学の先生にとても会いたくなった。彼は、ちょっと、ジョーンズ先生と似ている。


巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

最後の物たちの国で (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

最後の物たちの国で (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

母なる夜 (ハヤカワ文庫SF)

母なる夜 (ハヤカワ文庫SF)

続いて、なぜか今年惹かれた「強い女性」を描いた小説3作品。「巨匠とマルガリータ」は新訳、「母なる夜(ハヤカワ版)」は復刊だけど、作品としてはどれも古いもの。
巨匠とマルガリータ」は、ロシア小説への固定観念(暗い、くどい、理屈っぽい)を打ち破ってくれたという意味でも個人的にすごく重要な読書体験になった。マルガリータの強さ真摯さ美しさだけでなく、モスクワを狂乱に陥れる悪魔たちがとても魅力的で、れんがのように分厚い本をあっという間に読み終えてしまった。地文や会話はセンス良くテンポ良く、決して新しい小説ではないのに、すごく現代的で、スタイリッシュ。アニメっぽさといえばいいのか、毒々しくしたディズニー映画を観ているような印象で、すごく楽しかった。

今年も地道に読み進めたヴォネガットからは、レシ・ノトという強くて脆くて素敵な女性が印象的だった「母なる夜」。個人的に、「タイタンの妖女」に次ぐお気に入り作品になった。SFを期待して読むとがっかりするかもしれないけども、戦争小説、恋愛小説として読むならば間違いなく傑作だと思う。レシの台詞と行動はすべて鮮烈で強烈だったのと比較して、何事においても覇気のない、生きていることが罪で苦痛なのだと言わんばかりの主人公。他の登場人物含め、戦争がひとに与える傷、影響というのにはすごくいろいろな種類があって、それによって人間性も人生も、あらゆる方向にねじ曲げられてしまう。ヴォネガット作品のなかではかなり、重いタイプかも。

「最後の物たちの国で」は、今年何冊か読んだオースターで間違いなしのナンバーワン。何もかもが瞬時に消え去ってしまう「最後の物たちの国」でひたすら生き延びようとするアンナの物語。わがままなお嬢さんだったアンナが、ときに他人を蹴落とし、ときに身を挺して他人を守り、生き抜いて行くストーリーは壮絶だけれど爽快。これも、映像が頭に浮かぶ、映画的な小説だったような気がする。


宿屋めぐり

宿屋めぐり

新刊から一冊、日本人作家から一冊、と考えて町田康渾身の「宿屋めぐり」。ちょっとぐちゃぐちゃしすぎて賛否両論な感じだったのだけど、個人的にはすごく良かった。ぐだぐだ感含めて、主人公の徹底的な命汚さに今までの町田作品のどん底感とはまたちょっと違うリアルさ、そして希望を感じることができた。ずっと投げ出していた町田さんの小説を、夏場から一気に読んだんだけども、短篇では「夫婦茶碗」が抜けていて、長編は「告白」が一番きれいな作品だった。わたしとしては、現代の無頼派とも言われる町田小説がここまでの生命への執着を見せた「宿屋めぐり」の後でどう進んでゆくのかがとても楽しみ。


囚人のジレンマ

囚人のジレンマ

新刊がなぜかオバマ次期大統領コーナーに陳列されているリチャード・パワーズ。過剰なロジックとレトリックに対して、率直に賞賛できない気持ちはあるんだけど、そういった理論武装があるからこそ、重い装備をほどいた一番真ん中にある人間らしさ、素朴な優しさや繊細さが際立っていたのかもしれない。読んでいる最中よりも、読み終わってから日が経てば経つほど自分の中で重さが増してきて、思い出して反芻するほどに好きになってゆくちょっと不思議な読後感の小説だった。(ちなみに、パワーズとエリクソンは、初読作品の印象があまりに鮮烈で、その気持ちが薄まるのが怖くて未だに次の作品を読む勇気が出ない)

ここに感想を書くにあたって、久々に取り出し捲っていると、頁のあいだから、ちぎった紙の切れ端が出てきた。しおりが足りないときに印象深いシーンに当たると、わたしは手近なところにある紙切れをやぶってそこにはさみこむ。それは233ページの、サラとエディがデート(らしきもの)をしているシーンだった。「春になったら、またこんなふうに散歩しましょうよ。ね? わたしね、映画館にいるうちに小雨が降ってきて、外に出たら何もかもミミズの匂いがして、いまにも何かが起きそうだっていうの、大好きなの」。

そして、何度読み返しても涙が出てきてしまうラストシーン。長かったけど、脚注をいちいち参照しながら読むのは少し面倒だったけど、そんなすべてが吹き飛んでしまうくらい、光があふれる、最高のラストシーンだった。

「教えてよ父さん、僕らはどこまで自由なのさ」