メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

猫だましい|河合隼雄

猫だましい (新潮文庫)

猫だましい (新潮文庫)

「猫だまし」と「たましい」をかけて、「猫だましい」。

カウンセリングをおこなうなかで、患者の夢や箱庭のストーリーにおいて「猫」が重要な役割を果たすことが多いと気づいた河合先生。思えば、古今東西の伝承や物語のなかにも「猫」の出てくるものは多く、またその猫のなりや性質は、他の動物について描かれるのとは少し違った、多面性のあるなんとも複雑なものである。「おはなし」のなかの「猫」というのは、人間がみずからのたましいを投影したものである、という観点から、この本ではいくつかの「おはなし」と「猫」そして「にんげんのこころ」が語られる。

一般向けの教養書を書くことに関して、河合先生ほどの技術を持った学者はそうそういないんじゃないだろうか。もちろん、もともと扱うのが「こころ」や「ものがたり/文化」といった一般に受け入れやすいものであることは理由のひとつだろう。けれど、やはりそれだけではない。河合先生は、学者の立場と一般読者の立場を兼ね備えている。というか、ただのおはなし好き、という立場からご自分を切り離さずにいる。例えば本作の「鍋島猫騒動」について書かれた章。ものがたりを心理学的に読み解くだけなら、必要箇所のみを抜き出していけばいいのだが、河合先生の一般読者の部分、ただのおはなし好きの部分は、それ以外の部分を黙ってやり過ごすことができない。結果、あらすじを語る文脈に「国許への道中、面白いエピソードがあるが略して」「面白い話が続くのだが、これも略しておこう」「ここにもいろいろな話があるが、すっとばしてしまって」などと、どうにも名残惜しくてたまらない様子があちこち見え隠れする。往生際悪い書きぶりだなあと思いつつ、読んでいるわたしは、そこにどんな面白いエピソードが隠れているか気になってしまい、講談など読んだこともないのに、今度是非「鍋島猫騒動」を探してみようと心に決めるのである。

学術的な分析をおこないながら、あくまでおはなしの、おはなしとしての魅力や力をないがしろにはしない。そういった書き振りをされるからこそ、河合先生の取り上げるものがたりは魅力的に見える。どんなブックレビューよりも、「読みたい本リスト」に加わる行数が多いのはいつだって、河合先生の本だった。今回「猫だましい」からは、ル・グウィンの「空飛び猫シリーズ」、ポール・ギャリコの「トマシーナ」、絵本になるが「まっくろけの まよなかネコよ おはいり」、長新太さん「ごろごろ にゃーん」収録「ネコのオッサンの話」はリストに入れておいた。