メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

犬が行方不明

わたしの住むマンションと、隣接する大家さんの家のあいだにあるちょっとした隙間は共用のゴミ置き場になっていて、その脇に、一匹の老いたシベリアンハスキーがいた。内見のときにはそんな場所まで確認しなかったので、犬の存在を知ったのは引っ越し当日。大家さんの奥さんは、分別容器のかげになるあたりでだらしなくアスファルトに伏せているくたびれたハスキー犬を指し、「ごめんなさい。老犬だから、何もしないから」と申し訳なさそうに言った。

老犬は、幾つなのかは知らないが、たしかにずいぶん老いぼれているようだった。ゴミを捨てるついでに覗くと、たいていはアスファルトに腹這いになって目を閉じていた。ときおり立ち上がっている姿も見かけたが、目はうつろで、同じ体勢のまま長いあいだ、ぴくりとも動かない。わたしが近くを通っても、ほとんどの場合は無視を決め込んでいるようだった。ごくまれに、薄目を開けてちらりと、つまらなさそうな目でこちらを一瞬眺めることがあったが、次の瞬間にはまた目は閉じられる。吠えられたことなど一度もないのに、明け方には何故か、力弱い、なんとも言えない声色で、うおんうおんと遠吠えらしきものをしていた。それでも大家さんは毎朝老犬の散歩を欠かさないようだった。残念ながらわたしは散歩の現場に立ち会ったことがなく、犬小屋が空になっているのを見て外出中であることを知る程度だったが、あの寝てばかりの犬がどんな風に散歩するのかはイメージできなかった。

三連休があけて火曜日、朝ごみを出そうとして、老犬がいないことに気づいた。散歩かな、と一瞬よぎるが、それにしては片付きすぎている。いつも彼が寝転んでいたアスファルトには毛玉一つおちていないし、犬小屋のなかはぴかぴか。しかも、小屋の屋根にはデッキブラシと、きれいに洗い上げられた餌箱が伏せておかれていた。それらの状況証拠がなにを示しているのかはわたしにも容易に想像できたが、信じたくない気持ちもあり、急ぎ足でその場を立ち去った。

水曜日も、木曜日も、金曜日も、犬小屋は同じ状態だった。明け方の遠吠えもここしばらく聞いていない。