メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

命売ります|三島由紀夫

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

三島由紀夫にしてはめずらしい、コミカルさと軽薄さ漂うハードボイルド小説で、初出は「プレイボーイ」連載であったとのこと。いわゆる純文学ではないのは、時代的にエンタメ志向が高まる中で、三島であれども生活のためには売文の必要にも迫られたということなのか。しかし、いかにも華麗で耽美といった三島小説にいまいち馴染めないものを感じていたわたしには、これは良かった。すごかった。というのも表層はまさしく通俗的で軽いんだけども、ところどころに出てくる表現、エピソードなどは世の売文屋にはとても真似できそうにない。

この小説は、主人公のコピーライター羽仁男が自殺に失敗するところからはじまる。彼の自殺の理由について引用すると……

落ちた新聞の上で、ゴキブリがじっとしている。そして彼が手をのばすと同時に、そのつやつやしたマホガニー色の虫が、すごい勢いで逃げ出して、新聞の、活字の間に紛れ込んでしまったのだ。
彼はそれでもようよう新聞を拾い上げ、さっきから読んでいたページをテーブルに置いて、拾ったページへ目をとおした。すると読もうとした活字がみんなゴキブリになってしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げてしまう。
『ああ、世の中はこんな仕組みになってるんだな』
それが突然わかった。わかったら、むしょうに死にたくなってしまったのである。

この、どうしようもなく曖昧で、どうしようもなくリアルな動機。実際、漠然とした不安が絶望にかたちを変える瞬間というのは、こんな風にやってくるんじゃないだろうか。

しかし、睡眠薬オーバードーズで自殺を試みるも失敗。自殺が無理ならば避けられない受動的な死を、羽仁男は「命売ります」という新聞広告を出すことにした。まもなく彼の元にきなくさい依頼が舞い込む。それらは命を失うこと確実な案件のようだが、007さながらそこで出会った女性とのあれこれがありつつ、羽仁男は何故か生き延びてしまう。この序盤、飄々と軽薄に、命を疎ましがりながらなぜか生き延びては苛立つ羽仁男はアンチヒーロー的な描き方をされている。しかし、三番目の依頼人、吸血鬼の未亡人との生活を通して、彼のありかた、生と死への感覚に変化が生じる。その変化がどのようなもので、羽仁男の「命売ります」がどのような決着を迎えるのかをここに書くことは避けるが、読後感はいわゆるハードボイルド娯楽小説を読み終えたときのものとはまったく異なっている。

吸血鬼との生活や、ヒッピー女に囲われるあたりの退廃的で耽美的な描写は三島の主な作品群に繋がるところがある。ネズミの人形との夕食やシャム猫にミルクをやる儀式のくだりには背筋にすっと走る「凄み」を感じたし、エンディングに向かい転げ落ちてゆくラスト数ページの疾走感(これは安部公房の「袋小路に向かう疾走感」に共通するところがある)。そういった作家三島の神髄をところどころ見せながら、あくまで表層は軽く読みやすい通俗小説に仕立て上げているところがとても良くて、わたしのように「三島って耽美でちょっと……」と敬遠している方にこそ是非読んで欲しい一冊。