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嘘つきアーニャの真っ赤な真実|米原万里

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

大学一年生のとき、倫理学を担当していた外部講師に勧められ「不実な美女か貞淑な醜女か」を読んだ。彼は米原さんの妹さんの友人で、その後講義のゲストに中山千夏さんを呼んだこと等含め、どこからどうみても真っ赤な人だったが、講義がずばぬけて面白いのは印象的だった。同時期に受講していた教育学の先生は極端に右寄りだったし、今思えば大学にはいろいろな人がいて面白かった。

この本は、ノンフィクションの三部作で構成されている。ご存知の方も多いだろうが、米原さんは冷戦中〜ソビエト崩壊と、激動の時代にロシア語同時通訳として並ぶものないほどの活躍をされた方で、数年前に五十代の若さで亡くなられた。彼女がなぜそれほどにロシア語が堪能であったかというと、チェコスロバキアソビエト学校で学んだからである。米原さんの父親は日本共産党の幹部であり、日本代表として当時チェコにあった国際的共産党理論誌の編集局に派遣されていた。彼女は社会主義国の中で、いろいろな国の共産党代表の子弟とともに思春期をすごしたのである。

ここにおさめられた話はどれも、米原さんがソビエト学校時代を振り返った回想部分と、当時の友人たちを捜し再会する冷戦後(90年代後半)からなっている。三本の話では、ギリシア人のリッツァ、ルーマニア出身のアーニャ、ユーゴスラビア出身のヤスミンカとの友情が語られると同時に、社会主義・各国共産党の歴史や、冷戦後の民族紛争の悲惨な現実などが描かれる。中心となるのは、国籍や民族や思想に寄って分断される子どもたちの現実であり、日本に住むわたしにとっての「戦後」である時代に、世界ではこれだけのことが起こった、そしてあちこちで争いは絶えないのだと、当たり前の事実が重く重くのしかかってきた。

米原さん自身一度は除籍されたものの人生のほとんどにおいて共産党員であったので、当然そういった思想性は文章のところどころにじみ出る。しかしおおむね客観性が保たれているので、読んでいて偏りが気になることはそうなかった。ただし、表題作のなかで自身の家庭をプロレタリーだと主張しながらもブルジョアのような生活を送るアーニャに対し批判的な米原さん、これだけはいかがなものかと思う。米原さんは、父親が鳥取の裕福な家を捨て共産主義に身を投じたのだと誇らしげに書いているが、共産党幹部としての米原家の暮しだって、この本を読む限り当時の日本人の平均水準からすればずいぶん贅沢であったように見えるのだけど。