メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ペドロ・パラモ|フアン・ルルフォ

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

最後まで読み終えて冒頭に戻り、彼の名が「アブンディオ」であったことを確かめてどっと体から力が抜けた。もう二日ばかり、どう感想を書こうか考えあぐね、とうとう白旗をかかげることにした。きれいにまとまった文章でお勧めできない貧相な作文能力を憎みつつ、「よかったら是非」というのではなく、「一度は読むべき」という強引な勧め方をしてしまいたくなる作品。

メキシコの小さな街コマラを舞台に、暴君のように土地を支配する男ペドロ・パラモの哀れなまでに一途な純愛を中心に、周囲の人々の生活や感情が描かれている。筋だけ書けばオーソドックスなのに、何にそんなに圧倒されるのかといえば、世界。時間軸はばらばらで、語り手も一定せず、それどころか生きている者と死んでいる者すら混在する。過去の活気溢れるコマラの街と、誰も住まない廃墟と化したコマラの街は重なり合っており、死者の気配や声は、砂煙や風と同様に現れ、消えてゆくのだ。

国民性だとか文化だとかいうけれど、人の中にはそれだけでははかりしれない共通の何かがあるんだろうと思わされることは少なくない。もっと古い、深いところに刻まれた何かのために、地球の裏側にいる者同士が同じメロディに涙流したりする。誰かに教えられたわけでもないのに、「泣き」のメロディはいつどこにいったって「泣き」なのだ。あれは一体、どこに響いているんだろうと昔からずっと不思議に思っていた。小説だって同じようなもので、砂煙に霞むコマラの街と、崩壊するマコンドのあいだには地理的な距離感はない。でもそれを言葉にしたならば、もう少し北に上った国の作家が綴った「so it goes」であるかもしれないし、地球の裏側でずいぶん昔に書き留められた「諸行無常」とも限りなく近いニュアンスを持つのかもしれない。