メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

(係長の思い出)

「あたしね、厚切りの食パンに、これでもかっていうくらいたくさんのバターを乗せて、お砂糖をまぶしてトーストしたのが、本当に大好きなの。うちの母親と、ふたりそろっての好物なんだけど、ほら、厚いパンに、バターに、お砂糖なんて、太りそうで怖いじゃない。絶対に太るじゃない。だから、家では絶対に食べないって決めてるのよ。実家に帰ったときだけ食べるの。母親もそう、ひとりでは絶対に食べないで、あたしが帰ったときだけ食べるんですって。なんでかって? だって、自分で作ると、太るのが怖くてついついバターもお砂糖も控えちゃうじゃない。それじゃあ、全然おいしくない。だからね、実家に帰ったときに母とあたしは、背中を向けて、作っているところを互いに見せないようにして、相手のためにバターとお砂糖たっぷりの厚切トーストを作ることにしてるの。だって、自分が食べるんじゃないと思えば心置きなくやれるし、実際そうじゃなきゃおいしくないんだもの」

(と言っていたのは、バービー人形みたいにスタイルが良くて、一分の隙もないお化粧をしている係長で、毎日彼女のシャツの襟はぴんと張っていて、触ると今にも指が切れそうだった)(いっしょに仕事をした人のことはたいてい好きになってしまうわたしだけども、彼女のことはとりわけ好きだったような気がする)(そういえば彼女はこうも言っていた)

「あたし、子どもってあんまり好きじゃないの。だから妊娠しないのね。人間の子どもを産みたいって思ったことは一度もないわ。でも、犬の子なら、産んでもいい」