メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

吉祥寺から迷う

二度寝してしまい、起きだしたのは昼過ぎ。久々の晴天なので外出することにする。ここのところ休みの日は、たいてい新宿/渋谷/青山/下北沢で同じような店や、映画館を回っているうちに終わってしまうので、たまには違う場所へも行こうと、吉祥寺へ向かう。

お休みの昼間に吉祥寺に来るというのはすごく久しぶりで、街のにぎわいに驚く。サンロードの外口書店で、講談社文芸文庫の「万延元年のフットボール」が450円だったのですかさず買う。ずっと、読みたいけど文庫のくせに高いよなあと躊躇していたのだ。しかし、裏表紙に印刷された定価を見るとなんと780円と書いてある。こんなに安かったっけ? こんな値段ならそもそも悩むことなく買っていたはずなのに、と(みみっちくも)いぶかしい気持ちでロゴスへ価格調査に行くと、現在売っている「万延元年のフットボール」は1500円。そうそう、これが講談社文芸文庫の値段。どうってことない薄っぺらな本でも、軽く札一枚を超えてしまうのだ。今日買ったのは、昭和63年の版。この後、価格改定が行われたのだろう。

お茶を飲んで、少し離れた場所にある雑貨屋を見に行こうと思ったのが運のつきだった。お店を見てから、「ひと駅くらい、歩こうかな」と思い、歩き出す。カメラを持ってきていたが、人の多い場所で写真を撮ることに慣れないわたしは、今日もまだ一枚も撮れずにいた。これくらい閑散とした通りなら、歩いていてよさそうな光景に出くわしたときに、恥ずかしがらずシャッターを切ることができる。そう考えて、吉祥寺の駅とは離れる方向に足を進めた。ひと駅分歩くと、もう少しこのまま行こうかなという気分になる。線路を離れて住宅街に入り込む。迷ったらバスに乗ればいい、と思ってどんどん歩く。ウォーキングをするつもりで出かけてきたわけではないので、足下は細めのヒールがのついた、薄いクリーム色のロングブーツ。

疲れてきた頃には、もはや歩くことそれ自体が目的になっている。別にバスに乗っても電車に乗っても、誰も何も言わないのに、それをすると負けになるような気がして、足を止めることができない。いつだったか、ひとつ上の森さんは「おまえみたいに気の強い女、見たことねえ」と苦笑いした。よっつも年下の西原くんは「むっちゃくちゃ、負けず嫌いだよね」とあきれたように言って、わたしに数時間説教を続けた。あのときは反発したけど、やっぱりわたしは気が強くて負けず嫌いだ。たかが「歩く」ということ、誰との競争でもなく、誰に宣言したわけでもないことを、どうしても止めることができない。

その時点でわたしの中では、「歩いて家に帰る」という変更不能のノルマができあがっている。
次第に足が痛くなってきて、景色を見る余裕がなくなる。公園を無視して、梅の花が咲いていてもカメラを取り出すことすらなく、黙々と歩く。汗ばむくらいの陽気だったのに、気づいたら指先がかじかんでいる。もう日が暮れる。さすがに少しずつ後悔しはじめる。そして、脈絡もないよしなしごとが頭に浮かんでは消える。昼過ぎに「横尾」で小洒落た若者にまざって、すました顔でチャイなんて飲んでいたのが何十年も昔の幻のように思えてくる。クリーム色のブーツで、モヘアのニットキャップをかぶって、ショートパンツなんか履いているのに、わたしの顔はきっと修行僧のように厳しい。

番地表示を見て、家が近づいていることを知る。よせばいいのにそこで再び大通りを外れ、商店街に吸い込まれる。巻き寿司屋さんなんてものがあるんだ、と驚いているうちに再び住宅街に迷い込んでいる。素直に歩いていればすでに帰り着いているはずの頃、わたしは行き止まりや変にくねくねした道に翻弄され、修行僧からただのロストガールに成り果てる。果てに、つまづいて転ぶ。幸い誰も見ていないし、どこも擦りむかないが、ひどく心が傷つく。泣き出したいような気分で歯を食いしばって歩き、いつもと逆の方向から見慣れたセブンイレブンを見つけたときに、心から安堵する。

帰宅して、まず風呂に湯を張る。かたくむくんだ脚をもんで、本棚から「東京都詳細地図」を取り出す。無軌道な散歩の後は必ずこうやって地図を見返す。方向音痴のわたしが選ぶ道はたいてい、順当に歩いたのと比べ1.2〜1.5倍も遠いルートである。一番ひどかったのは、ずっと昔、笹塚から三軒茶屋まで歩いたときで、すんなり歩けば一時間もかからない距離を、駒場、渋谷、池尻と大きく迂回したあげく、二時間半かかって移動した。

脱いだコートをハンガーにかけようとして、ポケットがやけに膨らんでいることに気づく。ああ、お茶を飲んだついでに買ったサブレだ。「横尾」は夢じゃなかった。今日は苦行のようなウォーキングに明け暮れた日じゃなかったよ。ちゃんと、女の子っぽくカフェでお茶して帰ってきたよ、とようやくわたしは落ち着きを取り戻す。そんな日曜日。

あえて何時間、何キロ歩いたかは書きません。ただひとつ、わたしの自宅があるのは武蔵野市でもなければ杉並区でもないということを申し添えておきます。