メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

食べ物談義

ときどき、マンション1階の入り口に、中華屋さんのお皿とお椀が伏せて置いてある。最初のうちは、なんだろう、と思っていたんだけども、多分出前の食器をああして置いておくと、回収に来てくれるのだろう。ビールの空き缶をたくさん捨てようとしている男の子と出くわすことがあって、なんとなく、出前を頼んでいるも彼なのかなあと思っている。あいさつ以外交わしたことがないので、本当のところどうなのかはわからないけど。ちなみにはきはきと挨拶をする、すごく気持ちのいい男の子だ。

ピザが出前のうちに入らない、という若干無理矢理な前提のもとに立つとすれば、わたしは出前というものを食べたことがないので、空っぽのお皿とお椀を見かけるたびに、なんとなくうらやましいような気持ちになってしまう。父親が鶏肉以外の肉や乳製品を食べない(今はチーズやヨーグルトは克服した)、母が生魚を食べない(最近新鮮なものなら食べられるようになった)、という断絶した食生活を持つ家庭で育ったので、子どもの頃我が家で外食といえば、ファミリーレストランかうどん屋さんばかりだった。わたしは大人になるまで焼き肉屋にも、ラーメン屋にも行ったことがなかった。ラーメンについては、母がそれを食事として認識していなかったからだと思う。ときどき休日の昼に、袋ラーメンが出てくることがあると、ごちそうのように思えた。土鍋で大量の野菜と一緒に調理されたそれは、いわゆる「ラーメン」とは多少イメージの異なるものだったにしろ。とりたてて健康志向というわけでもなかったが、母親が料理好きだったので、外でお弁当を買うという習慣もなかった。いわゆる「ほか弁」をはじめて食べたのは、成人した後だった。

食習慣というのは家それぞれにいろいろなスタイルがあるから面白い。我が家では箸置きを使うのはかしこまったときだけなので、よそのお宅で日常的に箸置きを使っていると聞くと驚く。逆に我が家では、ランチョンマットもトレーもなしに食事をすることはなかったので、家を出た今でもテーブルにそのまま食器を並べることには抵抗がある。

お味噌汁の具は何が定番か、常備しているお菓子はなんだったか、年越しそばは大晦日の夕食かそれとも夜食か、そんな話を友人同士ではじめると、けっこう盛り上がるものだ。ただし、家庭の数だけある多様性が楽しい反面、一緒に生活する際衝突のもととなるのも食生活。友人のAちゃんは、好きで好きで、ようやく付き合いはじめた男の子がカレーのルーとご飯をぐちゃぐちゃにして食べるのを見た瞬間、今までの愛情が消え去ってしまったのだという。告白されて交際をはじめたのに、そんなことで別れを告げられた彼はさぞかし理不尽な気持ちになっただろうと同情する。そういえば、王理恵さんも、そばのすすり方がなんだかんだで婚約破棄して一時期話題になっていたっけ。ちなみにわたしは麺類をすすることができないので、一口一口たぐり寄せてから食べるしかない。食べるのに時間がかかるし、多分傍目にはあまりマナー良くは見えないだろう。

わたしは大人になった今なお、焼き肉もラーメン屋さんのラーメンも出来合いのお弁当も、積極的に食べようとは思わない。子どもの頃に味覚として覚えなかったからなのかな、と思うけど、大きくなってはじめて食べた各国料理なんかには好きなものが多いので、結局理由はよくわからない。まあ、たいていの場合、憧れていたものほど手にするとあっけなかったりするので、「出前」もそこまで美味しいものではないんだろうな。あ、あとこれは絶対美味しくないんだろうけど、映画でよくアメリカ人が食べている紙パックに入った中華(焼きそば?)、あれも一回食べてみたい。一回食べて、「こんなもんか」と拍子抜けしてみたい。