メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

勘違い、思い違い、一人赤面のたうちまわる

勘違い、思い違いや誤字脱字は多い方だ。ここのエントリーもろくに読み返さず登録して、後で顔を真っ赤にしてひとり修正していることがけっこうある。

「片腹痛い」の意味を「痛いところを突かれた」的なものだと思い込んでいた、というのは忘れてしまいたいことランキングの上位に位置する。しかもこの勘違いは根強くて、いまだに気を抜いているときに「片腹痛い」を耳にすると、本来の意味が思い出せなくて焦ったりするのでたちが悪い。前にも書いた気がするけれど、「ロマン・ロラン」「アナトール・フランス」を、ある時期の文学潮流、文化潮流のことだと思っていた、というのもかなり恥ずかしい。この場合、「ロマン」と「フランス」がわたしを惑わせたことは間違いない。

雑学王であるうちの姉が、あるとき恥ずかしそうにわたしに訊ねた。「よく、ダイエット甘味料に書いてある『食べ過ぎるとおなかが緩くなることがあります』の『おなかが緩くなる』ってどういう意味?」。からかわれているのかと思いながら「……お腹をくだすってことでしょう」と答えると、姉は明らかに驚いた顔をした。姉は本当にその言葉の意味が分からず、長年ひっそりと思い悩んでいたのだった。「で、お姉ちゃん、どんな意味だと思ってたの?」「太るってことかと」。お腹が緩くなる=太る……わかるようなわからないような。

情報が目から入るか、耳から入るかによって起こる勘違いも興味深い。少女時代に「ふんいき」か「ふいんき」かで友人と言い争いになったことすらあるわたしは、「雰囲気」を「ふいんき」と読んでしまうことが理解できなかった。今思えば、わたしはその単語を目で覚え、友人は耳から覚えたのだろう。「うろ覚え」を「うる覚え」と勘違いしてしまうのも多分同じような理由からだ。逆に、ローティーンの作成するウェブサイトなどでときおり見かける「禁無断転勤」というのは、「禁無断転載」の字面を見て、誤って覚えてしまった例で、そのサイトの制作者は「転載」という言葉の読みを知らないのだろう。以前ぎょっとしたのは、前職を辞めた理由を「人権関係」と書いている女の子を見かけたときだったが、少し考えてそれが「人間関係」の誤りなのだと理解した。すごく安心した。

おなじ言葉でも、聞き話す能力と、読み書きの能力は回路が違うようで(ここの仕組みがわたしにはよくわからない)、うちの母は、文法的に正しくしゃべることはできるのに、文章を書かせると、「てにをは」が上手く使えず支離滅裂な文章になってしまう。助詞がことごとく省略された片言のメールをみるにつけ「母は句読点と助詞を打つのが面倒なんだ」と思っていたが、筆無精な彼女が友人にあてたはがきをちらりと見ると、そこにはメールと大差ない破壊的な文章が並んでいた。でも、そういう文章も、それはそれで味があって、わたしは割と好きだ。うちの近所の美容院には立て看板式の黒板があって、毎日スタッフの女の子(だと思う)がそこに短い日記的なものを書いている。なんとも稚拙な内容が、稚拙な文章で書かれているのだけども、それが何とも素直で純粋。最初はそこを通るたび「幼稚だなあ」と思っていたのに、だんだんその看板が楽しみになって、最近では、あんな素直な文章書けないなあと、ちょっとうらやましく思っている。

そういえば異動してきて間もない頃、上司は文書などをわたしに見せては「まだ心が汚れていない人に内容をチェックしてもらおう」と言った。「心が汚れていない人」のご指名を受けなくなってから、もうずいぶん経つ。