メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

白洲正子自伝、そしてお能の思い出

白洲正子自伝 (新潮文庫)

白洲正子自伝 (新潮文庫)

上司が「読んでごらん」と差し出してきたのは2週間ほど前。めずらしくわたしの手元には、読むべき本が10冊ほども積み上がっているので、正直さらにもう1冊重ねることには抵抗があった。他を読みかけていることもあり後回しにしていると、金曜日のお酒の席で「あれ、読んだかい」と訊かれ、どうにも気まずいので先に片付けてしまうことにした。

白洲次郎については最近また注目をされているのか、このあいだ吉祥寺のリブロで、制服を着た少年が熱心に伝記を眺めている場面にも出くわした。ビジネスパーソンの愛読書的なイメージを勝手に持っていたので、ちょっと驚いた。正子夫人についても、わたしは「なんかすごい文化人」という適当な認識しか持っていなかったので、この自伝は割と興味深く、面白く読んだ。ちょうど今年に入って、「クラクラ日記」を読み返し、金子光晴の三部作も読んだところで、これらの随筆は時代的に重なる部分が多いのだけども、奔放な金の使い方をしつつも基本的には貧困の中にある作家連中の生活ばかり目にした後で、貧乏だなんだと言ったところで「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」的な白洲正子の生活について読むと、その落差には驚かされる。華族(「斜陽」のような華族があることを思えば樺山家が特別だったのかもしれないけども)や財閥という絶対的な富裕層が存在し、旧来の日本的なものが色濃く残りつつも、経済・文化両面で西欧に追いつこうと、それらの金持ちががむしゃらに海外のすべてを吸収しようとしていた時代だからこそ、これだけの教養がひとりの人間に備わっていったのだろう。ともかくエピソードの数々には目を丸くするばかりだ。

白洲正子自身が能に造詣が深かったことから、本書にはお能の話が多く出てくる。

能といえば、子どもの頃、テレビのCMで観る能は恐怖の対象だった。国道沿いにあった、真っ黒くて大きな、おどろおどろしい「ざびえる(※大分銘菓)」の看板と同じくらい怖くて嫌いだった。その海苔会社のCMに使われていた演目はかの有名な「土蜘蛛」だった。同年代の方は記憶されているんじゃないだろうか。

わたしの高校の二年先輩に、能楽師となった方がいる。彼女が東京芸大の学生だった頃、その関係の取り計らいで、高校のクラスみんなで能を観る機会があった。演目は、ひとつはなんだったか忘れたが、もうひとつは「土蜘蛛」だった。田舎の高校生に能の魅力がわかるわけもなく、大方は眠気と闘っていた。しかし、あの「土蜘蛛」が真っ白い糸を飛ばす場面。あの糸を浴びると頭が良くなるだか、大学に合格するだか、そんな話があって、ぱあっと糸が飛ぶと、皆して頭を前に差し出していたのがおかしくて、それだけは記憶に残っている。本当に土蜘蛛の糸にそんなご利益があるのか、はたまた少しでも演目に関心を持たせようとする先生方のねつ造だったのか。残念ながら、後ろの方に座っていたわたしは糸を浴びることなく終わってしまった。