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マーチ博士の四人の息子|ブリジット・オベール

マーチ博士の四人の息子 (ハヤカワ文庫HM)

マーチ博士の四人の息子 (ハヤカワ文庫HM)

舞台はアメリカ。名士マーチ博士と夫人、四つ子の息子たちが暮らす屋敷には、健康不安を抱える夫人の手伝いとしてジニーという若い家政婦が雇われている。このジニーは、かつて家政婦として働いていた先で金品を盗んだかどでの服役歴があり、若干アルコール依存症のけもある。小説は、まず「殺人者の日記」と題された文章からはじまる。「殺人者」は若い女性を残忍に殺すことに快楽を得るという異常な性癖と、自らの殺人歴を日記に書き付けた上で「自分はこの家の四つ子のうちひとりである」と述べる。その日記を偶然見つけてしまったジニーは、好奇心と正義感から、「殺人者」の正体を暴き、犯行を止めようとする。しかし、「殺人者」も、ジニーが彼の日記を読んでいることに気づき、日記を通じて彼女を脅し、さらには挑発するようになる。

エピローグを除いて、本書には「地の文」というものはない。あるのは「殺人者の日記」「ジニーの日記」に書き付けられた文章と、テープレコーダーに吹き込まれたこれもやはり日記的な文章と、殺人者⇔ジニーがやりとりするメッセージだけだ。当初は自らの心情を日記に吐露するばかりだが、だんだんと自分の日記が互いに読まれているということを意識するようになり、内容は独白とも文通ともつかないものになってゆく。

この手法はとても面白い。読んでいて、まるで朗読劇に観入っているような気分になってしまった。容疑者である四人の息子の個別の描写が薄いため「殺人者が四人のうち誰か」という謎解きの要素は薄いのだけども、「姿の見えない殺人鬼 VS 勇敢な女性」の、挑発、憎しみから、互いに強い執着を抱くようになる果てに愛や官能まで臭わせる濃密なやり取り、息詰まる攻防にはぐいぐいと引き込まれ一気に最後まで読んでしまった。しかも、こういう設定を目にすると、誰もが考えたくなる「単独妄想説」についても、ジニーにアルコール依存症のけがあるため否応なしに疑いが深まってしまう。「殺人者」側の記述(+エピローグ)を堀さんが訳し、ジニーの側を藤本優子さんが訳す、という共訳のスタイルも、対話感をより高めていて良かったんじゃないかと思う。