メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

レイチェルの結婚|ジョナサン・デミ

薬物中毒者の療養施設から、アン・ハサウェイ演じるキムが家に戻るところから物語ははじまる。家では、数日後に控えた姉レイチェルの結婚式のため、すでに客も集まり祝宴ムード一色。家族に迷惑ばかりかけてきたキムは、姉の結婚を喜びながらも、人々の中で疎外感を抱き苛立ちを募らせる。姉のレイチェルは、妹を愛おしみながらも、両親が常に問題児のキムにかかりきりであったことから自らが十分な愛情と関心を得られなかったという不満を持ち続けている。姉妹にどのように愛情を示し、キムをどのように更生させればよいのか悩んでいるように見える父親、そして、かつてキムの引き起こした事件がきっかけで離婚し、家を出てしまっている母親。結婚式という、既存の家庭がかたちを変え、新たにひとつの家庭が生まれるセレモニーをとおして、「家族」そのものを描いている映画だった。

家族だから許せないこと、家族だから許せること、そういったものは多分たくさんあって、だからこそ、映画の中では、不満の爆発と、そこからなんとか一時的な平和を取り戻す、という流れが何度も何度も繰り返される。ホームドラマというよりはホームビデオで、繰り返される逆切れと家族喧嘩には観ていて痛さと、中盤では多少の食傷も感じたんだけど、家族の微妙な距離をこんなにもぴったりと映画にしてしまえるというのはすごい。ラストシーン近くのアン・ハサウェイデブラ・ウィンガーがかもしだす空気にはキリキリしてしまった。

レイチェルの結婚式は、自宅で手作りでおこなわれるもの。夫となるシドニーが音楽好きという設定から、結婚式にはミュージシャンがたくさん招かれ、映画も音楽であふれている。アメリカの一部の地域を舞台にした映画で、教会でもお葬式でもソウルフルな音楽が流れ、皆が踊りだすような場面を観るたびに、いいなあと憧れているんだけど、この映画の結婚式も音楽がとても良い。そして、レイチェルの誓いの言葉で、神父さんが「神と、ニール・ヤングの名において」と言ったのがすごく格好よかった。いつかもしそういう機会に恵まれたらわたしもそれやりたい! と思ったものの、冷静になってニール・ヤングを本格的に聴いたことがないことに気づきました(舌打ち)。