メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

休暇の記録

免許の更新に行く+@で休暇取得。方向音痴なので、目の前に見えているのに歩けども歩けども都庁にたどり着けず、想像以上の運動量に汗ばむ。ペーパードライバーゆえ当然ゴールド免許。25歳の自分と30歳になった自分、2枚の免許証の写真を比べて大して変わっていないと思っていたら、Rに「肌が違う。透明感がなくなった」と言われ、がっかりしつつ京橋でイタリアンのランチ。生しらすとフレッシュトマトのパスタが美味しかった! 食後Rが「隣のテーブルにいた人、行きつけのイタリアンのシェフだった」と耳打ちしてくる。偵察?

買い物、映画をはさみつつ互いの仕事関係のよしなしごとを話す。彼女の専門とする教育関係の問題と、わたしが曲がりなりにも専門とする労働関係とは、特に若年層の意欲低下という面で密接に関わっているため、話も白熱する。ゆとり世代の若者が、自分たちは実験台で、失敗サンプルにされたのかと教育制度に怒りと不信と被害者意識を持っているというのは、思ってもみなかったが言われてみれば当然のことだ。ただその怒りが学習意欲にはなかなか転嫁しない様子。実学思考というのか、功利的、わからないことを学びたいのではなく「ハウツーだけを知りたがる」、即時に対価を求める。

ちょうど今、内田樹さんの「下流志向」を読み返しているところで、これは学習意欲/労働意欲の低下について論じたすごくいい本なのだけども、Rの話も内容的に通じるものがあって面白かった。ここのところ労働問題を語る本といえば左翼的な論調ばかりでちょっと辟易しているなか、見田宗介さんの「まなざしの地獄」と、内田さんの「下流志向」をまとめて読み返してみると、すごくすっきりと原因から現状までイメージすることができた。ただし、ある視点から原因を分析するところまではともかく、ではどうすれば問題は解決するか、という話になると別問題。わたし自身、大学時代に自分で自分をスポイルし尽くして、社会復帰までに数年を要した体験を持ってしても、じゃあどうすればいいのかということは浮かばない。本当に難しい。世代云々と言っても、団塊団塊で叩かれ、バブル世代はバブル世代で叩かれ、ゆとりはゆとりで叩かれるんだから結局どの世代ならいいのかと思えてくる。今の子がハウツーばかり知りたがって本を読まないといったところで、電車の中のおじさまたちも読んだところで大方がハウツーもののビジネス書だったりする。

実際わたしも、学びは功利的でなければならないという強迫観念みたいなものをずっと抱えていて、だからこそ進学にあたっても就職にあたっても、いろんな矛盾があった。それが、ふっと、学ぶことは物質的な利益にならなくとも構わないし、仕事と切り離しても構わないと思ったときに、一気に楽になった。今はその両者を、同一視するわけでもなく切り離すでもなく、いい関係の結び方がわかってきたような気がする。まったく実学的ではない人や世界に対する好奇心のなかから仕事に対するヒントを得ることもあるし、仕事のなかで、人間ってなんて面白いんだろうと思うこともあって、そういう体験は感性を刺激してくれるので、本や映画に触れる際にプラスにはたらく。こんな風に感じるのもわたしがもう学生じゃなくて、学ぶことが強制されなくなったからなのかな。勉強、嫌いだったもんな。