メトロガール

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ドキュメントを2冊

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

ドキュメントを2冊。「官僚は〜」はしばらく前にid:gennoさんの感想を読んで以来探していた本。絶版だったので手に入れるのに手間取ったけれどようやく読むことができた。水俣病訴訟を担当していた環境庁(当時)の局長が死を選ぶまでのドキュメント。「朽ちていった命」は1999年に東海村で起こった臨界事故で被曝した男性が亡くなるまで83日間の治療記録。どちらも、テレビ番組で放映されたドキュメンタリー番組を元に、ディレクターが執筆したものだ。

公害問題に取り組んだ山内氏、被曝者の治療に取り組んだ医療チーム、両者に共通しているのは「職業人として/生身の人間として」のはざまで迷い苦しむ姿だ。国としての立場と個人としての良心のあいだで板挟みになり、天職と思っていた福祉行政に挫折した山内氏は自ら命を絶つ。東海村の医療スタッフは、当初こそ患者の回復を信じるものの、劇的に悪化してゆく症状に次第に絶望を抱きはじめる。致死量の中性子を浴びた大内氏への治療はただ苦しみを長引かせるだけの残酷な行為なのではないかと自問しながら、大内氏の家族が持ち続ける希望だけを頼りに必死の医療行為を続ける。実際、看護師の談話にあるように、医療的に前代未聞のレアケースかつ、原子力というデリケートな問題が絡んでいるため、できるだけ被曝者を長く生きながらえさせることや、考えうる限りの治療を試しデータを取ること等の要請もあったのかもしれない。どちらも読んでいて心が引き裂かれそうになり、自分だったらどう感じるだろう、どうするだろうと自問自答しながら読み進めた。

「官僚は〜」の文庫版あとがきで、著者の是枝氏が「今という時代にこの日本という国で生きていくということは否応なくこの二重性を背負わざるを得ないということを意味している」と述べている。この「二重性」というのはとても的確な表現で、これは決して高級官僚や救急医療に関わる人間に限った話ではない。どんな人でも、社会の一員、社会の利益に立つ自分、個人の良心に立つ自分、その二重性は感じているはずだし、そこでどうにかバランスをとって生活しているのだと思う。

例えば公的機関や、民間企業においても事業規模が大きくなり公共性が高まれば高まるほどそこには均一なサービスが求められる。均一なサービスとは平等ということで、誰か一人に便宜をはかることは他の誰かにとっては不平等=不利益を感じさせるということである。均一なサービス提供を重んじればお役所仕事的だと批判され、逆に均一性がゆらげばそれはまた問題となる。「二重性」のうち何を重視するのが正しくて間違っているかという答えを出すことは容易くないけれど、わたし個人的には常に、どちらの立場を選ぶ状況にあっても、反対側の気持ちを忘れないように心がけている。せめてもの、それくらいのことしかできないけれど、それだけでも何もしないよりはましなんじゃないかと自分に言い聞かせている。

ところで「官僚は〜」のあとがきで、是枝氏は、「二重性」について、自らがその一員であるメディア、報道のありかたについても厳しい批判を述べている。社会正義という名のもとに匿名で物事を批判し、また人々のプライバシーに土足で踏み込んでいく、そのことに強い違和感や自己嫌悪を抱いているように見える是枝氏は、その後、ドキュメンタリーの世界から次第にフィクションの世界に活動の場を移してゆく。これが是枝氏にとっての「二重性」に対するひとつの結論だったのかな。わたしは「ワンダフル・ライフ」で好きになって、以降是枝監督の作品はできるだけ観ている。その、好きな監督が映画に向かう道筋に触れることができた、という意味でも貴重な読書体験になりました。