メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

人はドングリを食べるか

「お母さんがお土産にくれたの」と、Kさんがビニール袋からドングリを取り出し、器用に殻をむいてそのまま口に放り込んでしまったとき、研究室にいた誰もが息をのんだ。

わたしについて言えば、ドングリを食べたことはなかったし、それが食べ物だという認識もなかった。小学校のレクリエーションで「縄文クッキー」という、ドングリを混ぜ込んだ焼き菓子を作っているのを見たことがあったが、「ドングリ=古代人の食べ物」であると暗に示すネーミングだと理解していた。そもそも、幼い頃に拾ってきたドングリを机の中に入れていたところ、後日大量のドングリ虫が発生し半泣きになった経験から、わたしはドングリがあまり好きではない。そのドングリを、炒ることもなしに食べてしまう友人の姿は、カルチャーショックといっていいほどだった。

その場にいた学生のうちKさん以外誰もドングリを食べる習慣を持たなかったので、「エグくないの? 大丈夫?」だの「普通、食べないよね」だの、最終的には冗談まじりに「茂原って、他に食べるものないの?」などと皆が乱暴ともいえる驚きの言葉を口にした。ドングリを食用にすることを当たり前に育ったKさんとしては、この反応は不本意であるに違いない。「ドングリじゃなくて椎の実! 普通のおやつだよ!」と、彼女は何度も自分の正当性を繰り返した(実際、ある種の椎の実はそのままでも甘く、生で食用にする地域も少なくないらしい)。

数日後、何かのきっかけでこのドングリ問題が再燃した。別にKさんを非難しようとしているわけではなく、食習慣の多様性に対する驚きと、学生同士の乱暴なコミュニケーションのネタとしてちょうどいいトピックだったのだと思う。口の悪い先輩たちがドングリを食べることをからかい、Kさんが憤然と言い返す、という、口論というよりは予定調和のじゃれあいのようなやりとりをしているそこに、騒ぎを聞きつけS先生がやって来た。

S先生は、メルボルン大学からやってきたばかりの助手で、スペイン人。一体何の話で盛り上がっているのか訊ねる先生に、「Kさんはドングリという木の実を食べるが、わたしたちは誰一人食べない。どちらが一般的かという話をしていた」と説明する。「ドングリ」を英語でなんというのか知らなかったので、まず「donguri」と言い、それから辞書を引き「acon」と付け加えた。

「donguri=acon」と理解した瞬間、S先生はいかにもラテン系といった大げさな身振りとともに「Oh!」と声を上げた。そして、覚えたての日本語で一言、「エーコン、ワタシのクニ、ブタのエサ」。Kさんが怒り狂い、私たちが爆笑したのは言うまでもない。

それから数年後、イベリコ豚の輸入が解禁になり、ドングリを餌に育てられるこの豚はブランド品種として日本国内でも珍重されるようになる。いまだに「イベリコ豚」という名前を見ると、わたしはあの、研究室の日々を思い出す。