メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

留学生とのこと

わたしの在籍していた学部には、農業国、主にアジア各国の留学生が多かったので、真っ白な肌に金色の髪と碧い目を持つRさんは異色の存在だった。

彼女の国籍が中国にあると聞いたときには驚いたが、「中国人」と言われるといつも彼女は首を左右に振り、きっぱりと否定した。「ちがう。わたし、中国人じゃない。わたし、ウイグル人だよ」。彼女は、中国は中国でも、新疆ウイグル自治区からやってきたのだった。馴染みのない場所を地図で探すと、確かにウイグルはアジアとヨーロッパやロシアをつなぐ位置にある。Rさんはロシア系コーカソイドで、一年早くに来日していた彼女の夫は浅黒くたくましい、モンゴロイド系の男性だった。

来日直後のRさんは、日本語はまったく話せず英語もそう堪能ではなかったので、研究はおろか意思疎通にすら不安を覚えるほどだった。しかし、持ち前の明るさと能天気さ、そして何より並外れたおしゃべりの彼女は、通じようが通じまいがともかくしゃべりまくり、あっというまに日本語を身につけてしまった。おしゃべりである、ということが何にも増して語学を上達させるという事実に誰もが舌を巻いた。

Rさんは、自らがウイグル人であるということに誇りをもち、故郷をとても愛していた。わたしがぴったりとしたベージュのパンツにミニスカートを重ね履きしていると、「わたしの国の民族衣装みたいよ」と喜んだ。「ウイグルは、日本よりたくさん果物の種類があるし、とてもおいしい」といつも懐かしんでいた。日本人からすればめずらしいウイグル料理も、何度かごちそうになった。彼女が鍋パーティーの場に持って来たのは、ガラスの器の中に肉などの具と米を層状に美しく重ねたライスサラダのような料理で、料理の名前を尋ねると「油ご飯」と答える。またあるときは、「asxちゃん辛いもの好きだから、わたしの国の辛い料理、食べてほしい」と言って、タッパーのようなものに入れた料理を差し出してきたが、それは九州の「おきゅうと」のような食感の、辛みどころか味自体がほとんどしない代物だった。「これ、全然辛くないですよ」と言うとRさんは屈託なく笑い「来る途中、自転車で転んで、辛いソース全部こぼしちゃった」と打ち明けた。

冗談の多い彼女のことだからどこまで本当かわからないけれど、書類を破棄して中国の警察に追われたことがある、というような話を聞かされたことがある。中国政府から逃げるようにして日本へ来たんだ、と。Rさんは中国政府に対して明らかにいい感情は持っていなかったが、同じ研究室にいる中国人に対して不快感を表すようなことはなかった。

彼女は在学中に妊娠し、子どもを産んだ。母親そっくり、真っ白くて金髪碧眼の、人形のように美しい赤ん坊だった。数年後、子どもの教育のことを考え一度帰国したRさん一家は、すぐにまた国を出て、カナダに定住したのだという。ちょうどRさん一家が帰国した頃は、東トルキスタン独立運動の関係で、中国政府によるウイグル人弾圧が連日報道されている時期だった。あれだけ愛着を語った国を一度ならず離れなければならない気持ちはどんなだったろうと思う。

最貧国に分類される国からやってきた留学生たちは、逆に、自分たちが国を支えるのだという強い責任感を持ってきていた。「私の国にはインターネットにつなげるパソコンなんて数えるほどしかない」という話には驚いたが、国に帰れば一流の研究者である彼らのなかには、自国に部屋が数十あるような屋敷を持つ者もいて、そういう意味では今の日本ではあまり見ることのない、昔話的なお金持ちというのが生き残っている国なのだろうと想像した。「毎日人力車で出勤するんです。ナンセンスじゃないよ。車を引いて生活をするひとがいるんだから、そこにお金をおとすべきなんです」。そして、いつかは車夫で生計を立てるひとがいなくなるようにと。