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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

野崎先生のトークショー

いかにも初夏といった気持ちのよい天気で、渋谷駅から宮益坂をのぼってゆくだけで汗ばむ。
国連大学の屋外で農業ボランティアや難民関係の催し物をしていたので少し覗いてから、青山ブックセンター本店にて、野崎歓先生のトークイベント。光文社主催の、古典新訳文庫で訳を手がけている翻訳者に文学について語ってもらうというもの。先月の小川高義先生に続き今月が野崎先生で、来月は亀山先生が「罪と罰」についてお話してくださるそうだ。ちょうど今読んでいるペレーヴィンの小説にも「罪と罰」のエッセンスがふんだんにちりばめられていて、読み返さなきゃと思っていたところなので、新訳で読んでみようかな。

フリートークのようなものをイメージしていたが、レジュメやスライドも用意されていて、時間がちょうど90分ということもあり久々に講義を受けているような気分。なお、レジュメの他にも光文社が出している古典新訳文庫の販促本(対談やエッセイなど内容充実)をいただき、これもとても嬉しかった。

本日のテーマは「”世界文学”としてのフランス文学〜世界・時代と関わりながら解放した、感性と想像力〜」というもので、野崎先生が古典新訳文庫で手がけた「小さな王子」「赤と黒」にこだわらず、近代以降のフランス文学の流れを、さまざまな要素を絡めてお話してくださった。

普段、系統立てた読書をしないので、こういうお話を聞くと、自分の中でばらばらの点として存在していた作家や作品が、すっとそれぞれの定位置に並んでいくような気がして楽しい。17世紀に厳格な文法基準が定められ、それ以降フランス語がほとんど変化していないということ。かつてヨーロッパの知識階級にとっての公用語はフランス語であったこと。入植により世界に広がったフランス語が、カミュやデュラスを代表とする移民作家としてまたフランスに戻ってきたこと。とても判りやすくお話していただいた。毎度のごとく、読みたい本もたくさん増えた。イレーヌ・ネミロフスキーの「フランス組曲」のくだりは、いきさつを聞いているだけで喉元に熱いかたまりがせり上がってくるようで、一日も早く日本語で読める日がくるといいなと思う。

スマートで清潔感があり語り口も明快な野崎先生は、自虐的に「中年」を自称することが不似合いにも思える若々しい方である。しかし、本日のトークがはじまって間もなく、トーマス・マンの「魔の山」についてお話をされているとき、「この青年がですねー、魔性の女にホの字になっちゃうんですよ」とおっしゃったのをわたしは聞き逃さなかった。「ホの字」! この単語を実生活で耳にするのは結構貴重かと思って笑いをかみ殺すのがたいへんだった。あと、スライドで見せていただいた、カミュが足を高く上げている写真があまりにおかしくて、その写真が出ているあいだずーっと肩を震わせて笑い続けてしまった(恥ずかしい)。このエントリーを読んでくださる方にもあの愉快で活発なカミュをみていただきたくて、グーグルの画像検索でさがしたのだけど、残念ながら発見できず。