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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

チャパーエフと空虚|ヴィクトール・ペレーヴィン

チャパーエフと空虚

チャパーエフと空虚

「チャパーエフ」というのは内戦時代の赤軍将校で、ロシアでは有名な人物であるらしい。一方の「空虚」とは、主人公の男の姓である「プストタ」がロシア語で意味するところである。「空虚」を名に持つ空虚な男が、現代ロシアの精神病院と革命後国内戦時代のロシア、場所も時代も異なる、どちらが現実でどちらが妄想ともつかぬ世界を行き来する。設定は幻想的で、交わされる会話は哲学的で禅問答的、煙に巻かれるようなものばかりだけども、全体を流れるポップでユーモラスな雰囲気に、楽しく読み進めることができた。

思えばほんの70年そこらのあいだの社会主義化とその崩壊。従順な市民であればあるほど、半ば強制的におこなわれた思想転向の触れ幅は大きかったに違いない。そんなロシアの不安定さを表すかのように、小説中で、世界は揺らぎ、つかみ所なく、所在ない。しかし、その頼りなさを突き抜けたところに力強く芯の通った何か信じられるものがある。その開き直りは、ピンチョンの「競売ナンバー〜」でヒレリアスが、「妄想のその中にこそ自分自身がある」と言い切ったときのような爽快さに満ちている。

以前読んだ短編集「眠れ」でも、「飛び出すための欲求」そして「飛び出した場所での生きる意志」は描かれていた。「六本指」がその畸形ゆえにはじきだされるのは社会主義コミュニティを直喩したものだったが、「チャパーエフと空虚」のなかでは、精神病患者たちの妄想の中で、おそらくはある種の成功をおさめた資本主義国として、アメリカの象徴としてのアーノルド・シュワルツェネッガーや、日本の象徴としてのサムライ・ジャポニズムが馬鹿馬鹿しいほど露骨にコミカルに登場してくる。ここで、アメリカ=マッチョ、日本=オン・ギリ・ハラキリというセレクトをしてくるところも、憧れと皮肉相半ばといったところで心憎かった。

しかし、ペレーヴィンはロシアではとても人気があって出す本出す本品切れらしいのだけども、こういう作家が売れまくるロシアのことが、わたしはとても怖い。ソローキンみたいな変態がひとりふたりいたって、まあたまにはあんな人もいるだろうなと思うんだけど(むしろソローキンに東京外大で教鞭をとらせ、NHKロシア語講座に出した日本のチャレンジャー精神を評価したい)、ペレーヴィンくらいの微妙に変な作家が異常に売れることのほうがしみじみと怖い。