メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

コーマック・マッカーシーを2冊

すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)

すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)

越境 (ハヤカワepi文庫)

越境 (ハヤカワepi文庫)

3部作の最初の2作、最初が「馬」で次が「越境」。ということで、まずいかなあと思いながら「越境」を先に読みはじめた。というのもずいぶん前に「馬」が文庫落ちしてきたとき、裏表紙に書かれたあらすじに興味が持てず棚に戻してしまったといういきさつがあるからだった。

「越境」はちょうどほぼ同時に黒原氏訳で「闇の奥」の新訳が出たこともあり、なんとなくまとめてレジに持っていった。狼に魅入られた少年の国境を越える旅、というのも興味深い筋であるような気がした。実際この「国境3部作」は、1作目の主人公と2作目の主人公が3作目でいっしょになる、という作りであるので、「馬」と「越境」はどちらを先に読んでも特に不都合はないのかな、と今では思っている。問題は、版元品切れの3作目「平原の町」をどう入手するか、もしくは文庫落ちまでいい子で待ち続けるかということで、ここ数日のわたしはamazonマーケットプレイスが気になって仕方ない。

「国境を越える」という感覚は島国に暮らすわたしには実感としてしっくりこない。だからこそ惹かれるというのはあるのだろうけども、昔から越境をモチーフにした物語には強い興味を感じていた。これらは国境3部作というからにして(3作目はまだ読んでいないが)「馬」も「越境」も、少年が馬とともに、アメリカとメキシコの国境を越える話である。「すべての美しい馬」のジョン・グレイディは、生まれ育った牧場を失う羽目になったことから、馬とともに生活できる場所を求め、親友とともにメキシコへ向かう。道中出会った怪しげな少年に対しても、ジョン・グレイディは常に同情的であるし、たどり着いた牧場で出会った少女に激しい恋情を抱きもする。そんな「生きる場所を探す」ため国境を越えるジョン・グレイディに対し、「越境」の主人公ビリーは、あくまで「人の世界から遠ざかる」為に国境を越えているように映る。インディアンや狼に心惹かれ、人間の世界を離れてゆく彼に呼応するかのように、世界もまたビリーから離れてゆく。

アメリカ小説的な熱さに飲み込まれる「馬」も面白く読んだが、わたしには、ラテンアメリカ的な幻視感と、薄ら寒い孤独を感じさせる「越境」の方がよりしっくりきたような気がする。どちらの小説も、本文中に他の登場人物の長語りが、作中作のように挿入される。「馬」における大叔母の語りはクロニクルのようで、「越境」におけるいくつものそれはどれも南米小説を思わせる魔術的なものだった(「越境」に出てくる予言する老人たちのモチーフも面白かった)。目を吸い出された盲人の話は、あれだけでもものすごい短編として成立するんじゃないかと思う。ビリーが馬に乗って国境の険しい山を越えてゆくシーンなどは、映画「メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬」の映像と強烈に重なったのも、イメージを喚起するのに役立っていたと思う。あれも、砂と太陽のにおいが画面のこちらまでおしよせてくる、すごく大好きな映画だった。

そんなこんなで、コーマック・マッカーシーは「ザ・ロード」「血と暴力の国」に続いて、現在手に入りやすいものはすべて読んだことになる。「平原の町」は当然読むつもりだし、黒原さんが鋭意翻訳中であるらしい「ブラッド・メリディアン」もとても楽しみだ。それだけでなく、正直自分としては「越境」でコーマック・マッカーシー読者としての、何か閾値を越えたような気がしているので、今から「ザ・ロード」と「血と暴力の国」を読み返したら、何か新しいものが見えるんじゃないかという気もしている。思い上がりかもしれないけど。

長くなってきたので、馬や犬・狼といった動物との関わりの描き方もとても良かったんだよ、という話はまた「平原の町」を読んだときにでも改めて。