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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ごはんのことばかり100話とちょっと|よしもとばなな

本のはなし

ごはんのことばかり100話とちょっと

ごはんのことばかり100話とちょっと

一年ほど前、知り合いのお母さんが、膠原病でのどが麻痺し嚥下ができなくなった。十分な栄養をチューブで入れているはずなのに、それでもどんどん痩せて弱り、痴呆まで進んできた。いっときはどうなることかと心配したけれど、懸命な治療やリハビリのおかげで少しずつ麻痺がとれ今年の春あたりに、流動食のようなものが食べられるようになった。すると不思議なもので、口にできるのは本当に柔らかいゼリーのようなものや、離乳食みたいにすりつぶしたものばかりなのに、体も意識もしっかりしてきた。一時期は寝たきりになるかと思われたのに、お散歩をしたり、美術館やお寺に外出するほどになった。口に食べ物を入れて、飲み込むということ。栄養を直接流し込むのではなく、味覚や触覚や嗅覚で感じて、そしゃくして、飲み込むというのはそういうことなのだと思う。

「食べる」ということは、つきつめれば、ただ生存に必要なエネルギーを得るだけの行為だと考えることもできるのかもしれない。でも、やっぱりそれは違っていて、味覚というのもひとつの感性だから、美しいものを観たり、聴いたりするのと同じように、きれいでおいしいものは食べられるべきだし、食べることを通じて愛情やコミュニケーションがはぐくまれる。むしろ食べることが根源として生きていくために必要な行為であるからこそ、偉大なツールであるともいえる。本を読まない人も、映画を観ない人も、音楽を聴かない人もいるけれど、ご飯を食べない人はいない。まれに、食に対して極端に関心の薄い人はいても、彼らだって何も食べないわけではない。他に何も共通の話題がなくたって、おいしいものを一緒に食べていると、それだけで場もコミュニケーションも成立してしまう。

この本のことではないが、ちょうど今読み進めているガルシア=マルケス「生きて、語り伝える」の140ページにこんなくだりがあった。

(前略)嗅覚にはノスタルジアを呼び覚ます強烈な力があることを知ることになった。味覚もここで研ぎすましたおかげで私は、飲み物を飲んでみたら窓の味がしたとか、古いパンを食べたらトランクの味がしたとか、煎じたお茶を飲んだらミサの味がした、といった体験をしたことがある。こうした主観的な快楽を理解してもらうのはむずかしいのだが、この種の体験を生きたことがある人なら即座に理解できるはずだ。

嗅覚や味覚とは、こういうものなのだ。

よしもとさんのこの本にはタイトルどおり、食べ物のことが書かれたエッセイばかりが100余りもおさめられている。単純に「○○がおいしい」というだけの記述もあれば、食べ物の記憶を通して、子ども時代を振り返ったり、家族や友人を見つめたり、去っていった人を思ったりもする。幼い子どもの成長を、食べることを通じて書き綴りながら、体の弱かった母の手料理、ぶきっちょであまりおいしそうには感じられない分ほほえましくなってしまう父の料理についても記憶をたぐる。吉本隆明さんが、どんな顔をして、ハルノ宵子さんに、けったいなお弁当(いちごとご飯だけ、一面豆、等々)を作っていたんだろう。

多分、よしもとさんは食べ物の味以上に、付随するものを大切にしていて、だからこそ彼女のいう「バランス」を欠いた、居心地のよくない飲食店に対してはときおり、やや傲慢とも受け取れるような書き方をしている部分がある。頭ごなしに「こういう店は潰れると思う」などという書き方をしているのを目にすると、さすがに乱暴なのでは……と、わたしのような小心者ははらはらしてしまうんだけど、その基準というのは、ただ単純な味の善し悪しだけでもなく、ホスピタリティの高低だけでなく(一般的な「サービスの良さ」よりは、その場や相手に応じた距離のとり方みたいなものを求めているのかな)、本当に味や空気やいろいろなものを含めての「気持ちよくごはんを食べること」を望んでいる気持ちはすごくよくわかる。

この本は、息子さんが2歳半〜6歳あたりの、ちょうどどんどんいろいろなものを食べはじめる頃の記録でもあって、彼がきちんと大事にされていることもほほえましいし、彼の味覚に関する表現の成長ぐあいを眺めるのもまた楽しい。30編目のこれは、とても気に入った。

チビがごはんを食べながらひとり、「丸!これは丸だ!」と言っていた。
なにが丸いの?と思って、テーブルの上を見たけれど、とりたてて丸いものはない。
でもまだ「すごく丸い!口の中がきゅうに丸」と言っているので、よく考えたら、タコと水菜を炒めたのにタコの足が入っていて、食べたら吸盤がはずれたらしい。
確かに丸だ、そうとしか言いようがないよね、と心からうなずいた。