メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

倫敦から来た男|タル・ベーラ

予告編を観てとても楽しみにしていた。シムノンの短編小説の映画化ということで、シムノン=メグレ警部という固定観念を持つわたしは、がっつり推理要素のあるサスペンスをイメージしていたのだけど、あまり動きのない、非常に静謐で内省的なノワールだったと思う。冒頭、船を映す場面の長回しにはうっかりうとうとしかかってしまったけれど、なんとか持ちこたえた。ちなみに右隣のおばさんは序盤撃沈していたし、ほとんど眠りの世界から戻ってこない男性もいたようで、左の方から安らかな寝息が。

港の駅で働く寡黙な鉄道員が偶然目にした事件と、手に入れてしまった金。それを巡っての大きな展開があるわけではなく、淡々と進む物語のなかひたすら男の揺れる心情を追う。生活は楽ではなく、男は、悪辣な女の元で働く娘をどうにか自由にしてやりたいと望んでいる。口数の少ない主人公の心情を、その表情や動きでていねいに映し出す、それを観ている側もていねいに追いかける。そういった類いの映画だった。流れる音楽も、同じメロディが楽器を変えて何度も何度も繰り返される。また、鉄道のレールの切り替えを行う音、ビリヤードの玉をつく音、肉に包丁を振り下ろす音など、単調な音の繰り返しが目立つ。冒頭ではその単調さが睡魔となって襲いかかってきていたのに、気づけばその単調さ、静けさが荒々しく思えてきて、画面から目が離せなくなってしまう。ずっと昔にsugar plantのCDのレビューで「この静寂は暴力だ」という文言を見た、そのことを思い出す。そんな静けさの中、夫婦喧嘩のシーン、娘の雇い主のおばあさんが切れるシーン、毛皮屋のシーンなど、いくつか、目が覚めるような激しい音の応酬がある、めりはりもすごくて、他が静かな分これらのシーンはものすごく怖かった。

市井に生きる人間の欲望、善良さ、哀しみ、そういったものを飲み込んだ、暴力的に静謐で、でも最終的にはあたたかい映画だったのかな。とても良かった。